『MFS学園物語 ホワイトデー編』



 明日はいよいよホワイトデー。

 バレンタインのお返しがもらえる日。


「ふふふ〜ん♪」


 先ほどから、気づけば鼻歌を歌っている自分。

 それほどにワクワクしている私は相当現金な奴だろうか。

 でも本当に楽しみなのだからしょうがない。

 私はドライヤーのスイッチを切って置き、そのままベッドにダイブした。


 あんな性格のラグだけれど、毎年ちゃんとお返しはくれている。

 と言っても、大きな飴玉ひとつとかだけれど。


(……まぁ、でもそれは、私も去年までコンビニで買ったアーモンドチョコなんかだったしね)


 だから、今年はちょっと期待してしまっている自分がいる。


「ラグ、お返し何くれるんだろ〜なぁ♪」


 私は毛布に包まりそう呟いて、眼を閉じた。




 ◆◆◆ ◆◆◆




 ――数時間前。


 カランコロン。


「おっ、すいません! もう閉店なんですけど……って、ラグ。どうした? こんな時間に」

「…………」


 入口に俯いたまま突っ立っている後輩に俺は首を傾げる。

 彼がこんな時間に一人ここに来るなんて今までに無かったことだ。


「? なんだ? 黙ってたってわかんねーぜ。……まぁ、とりあえずこっち来て座れや」

「……ある」

「あ?」


 よく聞こえなかった。

「アル」は俺の愛称だが、どうもそう言ったわけではなさそうだ。

 そしてラグはもう一度、今度はしっかりと俺の目を見て口を開いた。


「頼みが、ある」


 ――その言葉は、この俺に今年一番……いや、ここ数年一番の凄まじい衝撃と感激を与えてくれたのだった。




 ◆◆◆ ◆◆◆




 ――あれ?


 ちょっと。


 ……ねぇ?


 あの、


 キーンコーンカーンコーン♪


 無情にも、HRの終わりを告げるベルが教室に鳴り響く。

 そして、


「んじゃーな」


軽く手を振りさっさと教室を出て行く彼。

 それをポカーンと見送ってから一拍置いて、私は心の中で叫ぶ。


(え、えええぇぇぇぇぇ〜!?)




 私は一人、トボトボと帰り道を歩いていた。

 暦の上ではもう春。寒さも大分緩んできているこの頃。

 でも、今私の心の中にはビュービューと冷たい風が吹きすさんでいた。


 もう一度、今日何度目かの疑問を心のうちで口にする。


(今日って、ホワイトデー……だよね?)


 ラグは結局、私に何もくれずに帰ってしまった。

 ……学校にいる間、ずっとワクワクしていた自分がバカみたいだ。

 昼休み、ばったり会ったライゼちゃんはブライト君からちゃんとお返しをもらったと、嬉しそうに笑っていた。


 私は溜息をつきながら、ふと一ヶ月前のことを思い出す。


(そういえば。ラグ、例の子にはお返ししたのかな)


 転校すると言っていた子。

 ひょっとすると、その子にお返しするためにあんなに早く教室を出て行ったのかもしれない。

 ラグはそういうところは結構しっかりしているから。

 ……確かに、彼女のチョコの方が心はこもっているわけで。


(でも、だからって、私の方無視するってのも酷くない?)


 だんだんと怒りがこみ上げてくる。

 ラグにもだけれど、寧ろ楽しみにしていた自分に。


「ばっかみたい! もー考えるのやめよやめよ!!」

「おい」

「今日はお菓子食べて食べて食べまくってやるんだからー!」

「……それ以上太ってどうすんだ」

「そう、これ以上太って太って太りまくって……って、ぎゃああああ!!」


 いつの間にか真横にラグがいた。心底呆れたような顔をして。


「な、なん……い、いるなら声かけてよ! びっくりするでしょ!」

「声掛けてもお前が気づかなかったんだ」


 彼はすでに私服だった。

 ここはもう自宅のすぐ近くで、ということは彼の家の近くでもある。

 そして手許には紙袋がひとつ。


「こ、これから彼女に会いに行くの?」

「彼女?」

「ほら、例のバレンタインデーの……」


 尻すぼみになりながら聞いて、後悔する。

 こんなことを訊くなんて、まるで詮索しているみたいだ。

 急に、猛烈に恥ずかしくなって私は彼から視線を外す。


「あー……。あれは、一ヶ月前にもう断られてんだ。いらないって」

「そ、そうなんだ」


「……」

「……」


 沈黙。

 どちらからも何も言わない。……落ち着かない。

 でも、自宅の玄関が見えてきてほっとする。


「じゃ、じゃあ、またね!」

「お、おい!」

「え?」

「これ!」


 バっと目の前に差し出されたのは、さっきの紙袋。

 私は瞳を見開く。


「……もしかして、バレンタインのお返し? くれるの?」

「あ、あぁ」


 見上げると、酷く気まずそうにそっぽを向く彼。

 その顔は予想通り真っ赤に染まっていた。

 私はゆっくりと手を伸ばし、その紙袋を受け取る。


「あけていい?」

「い、いいけど、……絶対笑うんじゃねーぞ!」


 その言葉に首を傾げつつも、私は思いきって紙袋のテープを剥がし中を確認する。

 そして……。


「ぶっ!!」

「お、おまっ、笑うなって言っただろうが!!」


 怒鳴られても、笑いは止まらない。

 だって、その中に入っていたもの。それは――、


 一輪のピンクのチューリップ。


「笑うなら返せ!!」

「ごめ、だって……!」


 らしくないというのも勿論あったけれど、わざわざそれを紙袋に入れて渡すところがまたすごく彼らしくて。

 私はどうにか笑いを落ち着かせてから言う。


「ありがとう。すっごく嬉しい! でも、なんでチューリップ?」

「……バラなんて渡せるか

「え?」

「特に意味なんかねーよ! 花屋に勧められただけだ。 だいたいお前が今日一日ずーっとモノ欲しそうにこっち見てやがるからしょーがなく買ってきてやったんだ。ありがたく思え!」

「もの欲しそうって……。ううん、本当に嬉しい! ラグ、ありがとう!」


 満面の笑みで言うと、彼はまんざらでもないふうに「ふんっ」と鼻を鳴らした。


 その後もう一度紙袋を見ると、底の隅に大きな飴玉がひとつコロンとあって、それがまた私の笑いを誘って、もう一度ラグに怒鳴られることになった。



 私はこのチューリップをドライフラワーにしようと決めた。

 初めて男の人からもらったお花。このまま、ただ枯らすなんて出来ない。

 大事に大事に部屋に飾っておこうと決めた。




 ◆◆◆ ◆◆◆




「――バ、バラの花束なんてキザったらしいもん渡せるか!」


 カウンターの向かいで面白いほど顔を赤くして怒鳴る後輩に俺はわざとらしく溜息を付く。


「はぁ。わかってねぇなーお前は。女の子ってのはな、花束もらえたら誰でも嬉しいもんなんだよ」

「オレは嫌だ。あいつに花束なんて……冗談じゃねぇ!!」

「あーそうかいそうかい。まぁ、カノンちゃんはバラって感じではないかもな。バラと言ったら、やっぱセリーンだろう! 美しく気高く! そんでたまーにトゲっぽいところなんてそっくりだと思わないか!?」

「……たまーにじゃねぇだろ、いつもだろ」

「はっ、やっぱわかってないねぇ、ラグ君は」


 肩をすくめ言うと、ラグはバカにされたと思ったのかピクリと眉をあげ、勢いよく席を立った。


「もういい! お前に頼んだオレがアホだった!! んじゃーな」

「なんだ、もう帰るのか? 花買うならすぐそこに知り合いの花屋があるから明日にでも覗いてみろや。俺の名前出しゃーサービスしてくれるぜ、きっと!」


 大声で叫ぶが最後まで言い終わらないうちに、もうラグは出て行ってしまっていた。

 まったく相変わらずだなぁと俺は小さく苦笑する。


 そしてすぐに店の電話に手を掛けた。


「……あー、俺、アルだ。夜遅くにごめんな。……ん? あ、いや、今日は違うんだ。ちょっと君に折り入って頼みがあってさ。多分明日な、青い目したすっげ不機嫌そうな高校生がそっち行くと思うんだ。女の子にバレンタインのお返し贈りたいらしいんだけどな。なんか良さそうな花紹介してやってくれよ、そいつにさ。――あぁ、よろしく頼むな。んでまた今度デートしような! ……えぇ!? なんだよ〜冷てぇなぁ〜。あっはは! ……ん、じゃあまたな!」


 俺はゆっくりと受話器を置き、にやりと笑う。


「今度カノンちゃんに会ったら何もらったか聞いてみよ♪」


 そして俺は鼻歌交じりで閉店の準備に取り掛かったのだった。


 END.



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