『MFS学園物語 バレンタイン編』



 明日はいよいよ「バレンタインデー」。

 女の子にとって特別な日。

 特別な人に自分の気持ちを伝える、ドキドキな一日。


 といっても、私にはまだそういう人はいないから、毎年仲の良い友達と買ったチョコを渡し合って楽しむ一日だった。


 でも今年は私もちょっとだけ、いつもより頑張っていたりする。


「よっし、出来た! ……よね?」


 オーブンの中、焼きあがったチョコクッキーを見てちょっと不安になる。

 なんて言ったって、生まれて初めて作った手作りお菓子だ。

 ドキドキしながらその中の一つを摘まんで口に入れる。


「うん、美味しい! これならきっとバカにされないよね」


 明日これを渡そうとしている人物は、文句は言ってもお世辞とか絶対に言わないタイプだから。

 でもこれならきっと、口には出さなくても美味しいと思ってくれるだろう。

 そんな彼を想像して思わず口元がにやけてしまった。


 その相手というのは、同級生で親友のラグ。

 去年は確か、朝学校の近くのコンビニで買ったアーモンドチョコをあげた覚えがある。

 何で今年は手作りのものを渡そうと考えたかというと、去年のクリスマスに彼に色々と迷惑をかけてしまったから……。

 でもホント言うと、つい先日雑誌で「簡単に作れる手作りお菓子」の特集ページを見かけて、急に作りたくなってしまったからだったりもする。


「ふっふふ〜、明日が楽しみ♪」





 2月14日、バレインタイン当日の朝。

 相変わらず吐く息は白かったけれど、空は私のウキウキ気分を映したかのような快晴だった。


 学校までの道のりを鼻歌を歌いながら歩く私。

 鞄の中には可愛くラッピングした昨日のチョコレートクッキーが入っている。


「カノンさん、おはようございます」


 後ろから声がかかり振り向くと、そこには笑顔のライゼちゃんがいた。


「ライゼちゃん、おはよう!」


 最初は他愛の無いお喋りをしていた私達だけれど、いつ間にかバレンタインの話になっていった。


「え? ラグさんに手作りチョコですか?」

「うん、そうなの。クッキーなんだけどね」

「それって、その、もしかして……」

「え? ……あ、違う違う! いつもなんだかんだで迷惑かけてるからね、そのお礼に!」


 私は手を振りながら言う。

 ライゼちゃんはなぜか一瞬がっかりしたような顔をして、でもすぐにいつもの笑顔に戻った。


「ラグさん喜びますよ、きっと」

「だといいけどね〜。あ、ねぇライゼちゃんは? 何か作った? ライゼちゃん料理得意だし、気になる!」

「はい、実は私もカップケ−キを作りました」


 鞄を少し上げて見せるライゼちゃん。


「誰にあげるの? もしかして……ブライト君とか!」

「はい。ブライトにも渡すつもりです。毎年すごく喜んでくれるので、私も嬉しくなってしまって」

「……毎年、手作りのあげてるの?」

「えぇ。あと、お父さんとラウトにも」

「あ、皆にあげてるんだ」


 言うとライゼちゃんは「はい」 と可愛らしい笑顔を返してくれた。


(なーんだ。でもブライト君、本当に喜びそうだもんなぁ)


 想像して小さく笑みがこぼれてしまった。

 そうして、私たちは校門に入ったところで別れ、それぞれの校舎に向かった。




 教室に入りすぐに彼の後姿を発見した私は、なんとなくそろそろと近付いて、真後ろから声を掛けた。


「おっはよう、ラグ!」

「ぅわぁ!?」

「へ!?」


 予想以上に大きなリアクションに私の方が驚いてしまった。

 彼がこんなに驚くなんて珍しいから。


「お、お前、びっくりするじゃねーか!」


 そして案の定、怒られてしまった。


「や、そんなにびっくりするなんて思わなかったから、ごめ……」


 と同時、彼の机の上に視線が釘付けになる。

 そこには可愛らしくラッピングされた箱がひとつ。

 その視線に気づいたらしいラグは、素早くそれを鞄の中に仕舞いこんでしまった。


「それって……」

「あ? あぁ……さっき、もらった」


 気まずそうに私から視線を外し答えるラグ。

 さっきの箱……どう見ても手作りっぽかった。

 そして、私のよりも確実に大きくて手が込んでいた。


「チョコだよね……?」

「あ、あぁ」


「――や、やったじゃん! だって手作りでしょ? え、じゃぁもしかして告白されたりしたの!?」

「こ、声がでけぇアホ!」


 言われて私は慌てて口を押さえる。

 今度は小声で、と思うけれど、興奮してしまってどうしても声が大きくなっていってしまう。


「だ、だってだって! で、どうしたの!?」

「いいだろ、別に……」

「いくない! すっごい気になる! ねぇどんな子? 可愛い子? 私の知ってる子!?」

「うるっせぇ! お前には関係ねぇだろーが!!」


 その怒声にびくりと身体が強張る。

 彼はたまに本気で怖い。


「か、関係ない、けどさ。……な、なによ、一緒に喜んであげよーと思ったのに。もういいよーだ!」


 私はそう言い残して自分の席に着き、鞄から必要な教科書やノートを机の中に移していく。


 ……その時なぜか、一緒にクッキーを出すことができなかった。




「はぁ」


 気づけばそんな溜息が出ていた。

 部活帰り、私は夜道をひとりトボトボと歩いていた。


 ……チョコクッキーはまだ鞄の中。

 結局ラグに渡すことは出来なかった。

 なんだか彼はあれからずっとイラついているように見えて、なんとなく話しかけらないまま下校時間になってしまった。

 彼はすぐに帰宅、私は部活を終えて今こうして帰路についている。


「これじゃあクリスマスの時と一緒だよ。成長無いなぁ〜、もう」


 がっくりと頭を下げる。

 ……でもラグもラグだ。

 誰かから告白を受けたのはほぼ確実なはず。

 親友なんだから、どうなったかぐらい教えてくれたっていいのにと思う。


「あ」


(もしかして、ラグ彼女が出来たのかな)


 ズキっ。


 なぜか、胸の奥が痛んだ。


 彼が受け取った、想いのこもった手作りチョコ。

 同じ手作りでも、私のとは違う。


 ……なんで、こんなに嫌な気持ちになるのだろう。


「カノン、今帰りかい?」

「え!?」


 びっくりして顔を上げる。

 いつの間にか、横にエルネスト先生がいた。

 話しかけられるまで気づかないなんて、余程考え込んでいたみたいだ。


「ん? どうしたの? なんだか元気がないみたいだね」


 優しく言われて、つい、私は今考えていたことを全部話してしまった。


「私、性格悪いんでしょうか。もしラグに彼女が出来たら、それはとっても良いことなのに。なんで、こんな嫌な気持ちになるのか自分でもよくわからなくて……」


 すると、エルネスト先生がフッと笑った。


「まったく、君は……」

「?」


 見上げた私に先生はにっこりと続ける。


「カノン、誰だって友達に急に自分よりも大切な人が出来たら良い気はしないよ。それが親友なら尚更だ。そう思うことは何も悪くない」

「そう、でしょうか……」


 エルネスト先生の言葉で少し気持ちが軽くなった気がした。


(そうだよね。仲の良い友達がいきなり知らない子とすごく仲良くなっちゃったら、やっぱ嫌だよね)


「ありがとうございます! 明日ラグにもう一回訊いてみます」

「うん、彼は恥ずかしがり屋さんだからね。照れていたんだよ、きっと。明日には話してくるさ」

「あはっ、ですよね!」


「恥ずかしがり屋さん」なんて、ラグが聞いたら激しく怒りそう。

 そう思ったらつい笑ってしまった。


「うん。カノンはやっぱり笑顔が一番似合うよ」

「え、あ。ありがとうございます!」


 照れくさくて、私は先生からパっと視線を外す。

 そんな私を見て、先生はもう一度くすくすと笑った。




 それからエルネスト先生は、もう遅いからと家まで送ってくれることになった。

 憧れの先生と色々な話ができて楽しくて、さっきまでの暗い気持ちはほとんど消えてしまった。

 そして、あっという間に家の近く。


「でも勿体無いなぁ」

「え?」

「折角頑張って作ったんだろう? クッキー」

「あはは。帰って自分で食べちゃおうと思ってます」

「なら、僕にくれない?」

「え?」


 思わず足が止まる。

 エルネスト先生が優しい笑顔で私を見つめていた。


「自分で食べちゃうくらいなら、僕にくれたら嬉しいな」


 胸がドキドキする。


「あ、その……」

「おいコラ! このセクハラ野郎!!」

「へ?」


 背後からの怒声に驚き私たちは振り向く。

 そこにはなぜか、ラグがいた。


「なんで……」

「あれぇ? 何でこんなところに君がいるんだい? こんな時間に」


 エルネスト先生が相変わらずの笑顔で言う。


「それに、セクハラだなんて酷いなぁ」

「うるせぇ! 生徒からチョコ強請るなんて立派なセクハラだろうが! しかもてめぇすでにたくさん貰ってんじゃねーか!!」


 そこで私はエルネスト先生の荷物に気づく。

 確かに、男の人の荷物にしてはやたらと不自然な大きな紙袋が二つほど、その手にはかかっていた。


「で、でもセクハラなんて先生に向かって失礼だよ、ラグ!」

「お前は黙ってろ!」

「なっ、何それ! ――か、彼女が出来たからってそんな言い方しなくたっていいじゃない!」

「は? 彼女?」


 思いっきり眉間に皺を寄せるラグ。


「え、だって今日チョコもらってたから……」

「あ、あれは! ……ただ、受け取っただけだ」


(ただ受け取った……ってことは、振っちゃったってこと?)



「で? どうして君はカノンを待ち伏せしていたんだい?」


 と、エルネスト先生。

 そうだ。突然の登場に驚いて忘れていたけれど、ここに彼がいるということは私を待っていたと考えるのが一番自然だろう。

 もうすぐそこは、私の家だ。


 なのに彼は先生を睨みつけたまま、それっきり黙ってしまった。


「ラグ?」


 と、横から小さな溜息が聞こえた。


「僕はお邪魔みたいだね。それじゃぁ、カノン、また学校で」

「え? あ、ありがとうございました!」


 私が頭を下げると、先生は笑顔で手を振り来た道を行ってしまった。

 彼の姿が見えなくなってから、ラグが漸く口を開く。


「チョコ」

「え?」

「作ったんだろ、チョコ!」


 良く見たら、彼の顔は真っ赤になっていて。


 ……何で彼が知っているのだろう。

 私はこのことをライゼちゃんにしか話していない。


「もしかして、ライゼちゃんに聞いた……?」

「……あぁ。帰り道に、偶然」


 ぶっきらぼうに答えるラグ。

 私はなんだか笑いがこみ上げてきてしまって、……止められなかった。


「な、何笑ってやがる!」

「ごめ、だって。……じゃあもしかして、ずっとここで私を待っててくれてたの?」

「だっ……、しょーがねぇだろ! くそっ……い、いいから早くよこせ!」


 言って片手を突き出した彼に、私はまだクスクスと笑いながら鞄の中からクッキーを取り出した。


「はい! チョコって言っても、クッキーだよ。初めて作ったんだからありがたく食べてよね!」

「あぁ」


 珍しく素直に返事をしながらそれを受け取った彼に、私はまた笑ってしまったのだった。




 後から聞いた話。

 チョコをくれたのは、来月転校してしまうという、違うクラスの子だったそう。

 最後に気持ちだけ受け取って欲しいと、そのチョコをくれたのだという。

 話を聞いていて疑問だったのは、すでに彼が断るとわかった上で、その子はチョコをくれたということ。

 でも流石にその理由までは聞けなかった。


「ラグの彼女になる人って大変だろうなぁ」

「何だよそれ」

「……恥ずかしがり屋さん

「はぁ? 今お前なんつった!」

「あはは! なんでもないです!」

「おい!」


 こうして、私のいつものとちょっと違ったバレンタインデーは幕を閉じた。

 来年は、もっとすごい手作りチョコに挑戦しよっかな!


 END.



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