「なんだ」

 ギシリとベッドが揺れてセリーンが起き上がるのがわかった。

 どのくらい寝られたのだろう。気だるい身体をなんとか起き上がらせて窓の方を見るがまだ夜は明けていないようだ。灯も既に消えていたが、月明かりか星明かりかのお陰で辛うじて部屋の中の様子はわかる。

「リディアンちゃん、何かあったのかな」

「変装しとけ」

 声の方に視線を向けるとラグがドアに耳を着け外の様子を伺っていた。

 その声音から警戒の色を察して私は頷きすぐに髪をまとめ枕元に置いておいた帽子と眼鏡を着ける。

「ラグは?」

 小さくならないの? と続けようとして階段を上がってくる複数の足音に気がついた。それと一緒にリディアンちゃんの焦ったような大声。

「やめてってば、兄貴!」

「どうやら、この部屋の主が帰って来たようだな」

 バンダナを巻き終えたセリーンが愛剣を手にしていた。

 リディアンちゃんのお兄さんが海賊かもしれないという先ほどの話を思い出し私も彼女の後ろに立つ。

「お前はここだ」

「ぶっ」

 ドアから離れながらラグがすぐ横を飛んでいたブゥをポケットに隠すのと同時、勢い良くドアが開いた。

「!?」

 無遠慮に部屋の中に入って来た人物を見て、思わず大きな声が出そうになる。

(グリスノート!?)

 まさかの来訪者に息が詰まる。 

 仲間を2人引き連れた彼は私たちをぐるりと見回し片眉を大きく上げた。

 ――私は帽子と眼鏡、セリーンは特徴的な赤毛を隠し、ラグは今、彼の知るラグの姿ではない。果たして、グリスノートは私たちに気付くだろうか。

(というか、この3人の中にリディアンちゃんのお兄さんが……?)

「だから違うって言ったでしょ!」

 そのとき後から割り込んできたリディアンちゃんが私たちを庇うように間に入りグリスノートたちに向かって鋭く怒鳴った。

「兄貴が捜しているのは女性2人と男の子、あと凶暴な白いモンスターなんでしょ? どこにいるっていうの!」

 そして彼女は私たちの方を振り返ると申し訳なさそうに謝罪した。

「ごめんなさい、急に兄貴帰って来ちゃって。でも気にしないで、このまま部屋は使っていいから」

 だがそこまで言って、彼女の目が窓際に立つラグを捉えた。

「――え? 誰、あなた」

「頭、こいつ! 俺達をコケにしやがった野郎だ!」

 仲間の一人がラグを指差しそう怒鳴った。顏はおぼろげだがおそらくは船でラグに伸された男の一人だ。

 それを聞いて、グリスノートがにぃっと口端を上げる。

「やっぱりてめぇらか。変装なんて姑息なマネしやがって。良く見りゃあ、それも、それも、それも、全部俺の変装道具じゃねぇか!」

(そりゃバレるよね〜〜)

 思いっきり指差された私はセリーンの後ろで首を竦める。

 リディアンちゃんは困惑した表情で私たちを交互に見つめている。

 頬をぴくぴくと引きつらせたグリスノートが唸るような低い声で続けた。

「海賊からお宝を盗むなんざ、いい度胸してるじゃねぇか……」

 ――お宝? あの本のことだろうか。

 と、セリーンが私の前でふぅと短く息を吐いた。

「バレたなら仕方ないな」

 そして彼女は先ほど巻いたばかりのバンダナを解いていく。

「借りたものは全て返す。その代わり、」

「さっさとあのモンスターを出しやがれ!!」

 セリーンの声を遮るようにして怒鳴ったグリスノートに、私は思わず「え?」 と声を上げていた。


 あのモンスター……間違いなく今ラグのポケットに隠れているブゥのことだろうけれど。

(なんでブゥ?)

 てっきり拝借した本のことを言われると思っていた私はラグの方にちらりと視線を向ける。彼も警戒心をあらわにグリスノートを睨んでいた。

 そのワケは、こちらが訊く間もなくグリスノートが勝手に喋ってくれた。

「あのモンスターのせいでなぁ、俺の可愛いグレイスが歌えなくなっちまったんだよ!」

(グレイスが……?)

 その名が出て気づく。船でグリスノートの肩に留まっていたグレイスの姿が今はない。

 なぜそれがブゥのせいなのかはわからないが、あんなにグレイスの歌声を絶賛していた彼にとってそれが一大事だということはわかった。

「どういうことだ」

 セリーンが問うとグリスノートはわなわなと身体を震わせた。

「俺の口から言わせる気か……? グレイスはなぁ……グレイスは、てめぇらといたあのモンスターに心を奪われちまったんだよ!」

 その悲痛とも言える叫びに、思わずぽかんとしてしまう。

 ――グレイスがブゥに……?

 よく見れば2人の仲間もそんな頭の後ろでほとほと困ったような顔だ。

 それを知ってか知らずかグリスノートの嘆きは更に続く。

「お陰であれからグレイスは全く歌ってくれなくなっちまった……。この俺が頼んでもだ! グレイスの歌声が聴けないなんて俺には耐えられねぇ……。だから、さっさとあのモンスターを出しやがれ!」

「いい加減にしてよ兄貴!」

 もう耐えられないというふうに怒鳴ったのはリディアンちゃんだった。

「みんな困ってるでしょ!? 見てわからないの? 全く、恥ずかしいったらないわ!」

「うるせぇ! お前は黙ってろ!!」

「なんですって!?」

 その言い合いを聞いてリディアンちゃんのお兄さんがグリスノートだということはわかったけれど、今はそのことに驚いている暇もない。

 仲間の2人も今度は酷く焦った様子でそんな兄妹の間に入りまぁまぁと宥め役に回っている。

 だがリディアンちゃんの怒りは収まらなかった。

「久しぶりに帰ってきたと思ったらひとり怒鳴って喚いて、そんなんだからいつまでたってもオルタードに認めてもらえないのよ!」

「んだと!?」

「オルタード!?」

 このとき、グリスノートと同時に大声を出したのは私の目の前にいる、セリーンだった。

「セリーン?」

 私が小さく声を掛けても彼女の耳には入らないようだった。

 びっくりした顔でこちらを振り向いているリディアンちゃんに、セリーンは震える声で訊いた。

「オルタードが、生きているのか……?」


「オルタードを知っているの?」

 リディアンちゃんが訊くと、セリーンは静かに頭を下げた。

「頼む。オルタードが本当に生きているのなら、会わせて欲しい」

 その聞いたことのない切な声に私も驚いていた。

 セリーンがそこまでして会いたいという“オルタード”。一体どんな人物なのだろう。

「そういや、あんたもエクロッグの生き残りだとか言ってたな」

 グリスノートのいくらか怒気の抜けた声にリディアンちゃんが目を見開く。

「エクロッグの……?」

 セリーンが顔を上げる。

「あぁ。オルタードは今どこに」

「それより先にモンスターだ」

 グリスノートがイライラした様子で遮るとセリーンは頷いた。

「そうだったな。……危害を加えたりはしないだろうな?」

「当たり前だ! そんなことしたらグレイスの歌声が永遠に聴けなくなっちまうかもしれねぇだろうが!」

 それを聞いてセリーンはラグに目配せをした。

 ラグは短く息をついてからポケットを開く。

「ぶ?」

 様子を伺うようにそこからひょっこり顔を出したブゥを見て、リディアンちゃんがまた目を丸くした。

「その子が、狂暴なモンスター?」

「出やがったな……」

 そんなブゥを睨みつけ低く唸るグリスノート。その形相を見て本当に何もしないか心配になる。

 ブゥ自身も警戒しているのだろう、それ以上は出て来ようとしない。

「死ぬほど癪だが、今すぐにアジトに来てもらうぜ」

「アジトにグレイスがいるのか?」

 海賊のアジトに行きたがっていたセリーンがそう訊くと、グリスノートは彼女に視線を戻した。

「あぁ。長もそこにいるぜ」

 グリスノートの言葉にセリーンが息を呑んだ。

「まさか、」

「長、オルタードは海賊団ブルーの前の頭だ」

 






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