「あーあ、結局見つかっちまったかー。それとな〜く合流するつもりだったのによ〜」 「アルさん!」 続いて茂みからバツが悪そうに姿を現したのはアルさんと、そして――。 「お前らどういうことだ! オレはついてくるなって」 「あぁ〜やっと逢えた〜やっと逢えたぞ〜」 「お前はまず放せこの変態! おいアル聞いてんのか!?」 非常に怒っているのはわかるのだが例によって全く迫力の無いラグと、声も顔も完全に緩みまくっているセリーン。そしてそれを羨ましげに見下ろすアルさん。 ラグと同じくなんでこの二人がここにいるのか気にはなったが、それ以上に気になったのは。 「アルさん」 「ん?」 「その子、誰ですか?」 私はアルさんのすぐ後ろを指差し訊いた。 暗くて良くは見えないが、そこには今のラグと同じくらいの背格好の少年がいた。 ラグ達の方をぽかんと見つめていたその子は私の視線に気がつくとぱっと顔を伏せてしまった。 「あーそうそう、こいつな。こいつが例のお菓子泥棒」 「え!?」 ぽんとその子の頭に手をやりアルさんは続ける。 「でももう反省して、謝りに行くつもりなんだよな」 「じゃあ、やっぱりトム君なの!?」 トム君が不思議そうにこちらを見上げた。 「お前らが行っちまったあと偶然に知り合ってな、丁度いいから家まで案内してもらったんだ。な」 頭に手を乗せたまま、アルさんが彼に気さくに笑いかける。 「ってことは、全部見てやがったのか!?」 「残念だったな〜、人違いだったんだろ? まぁ、そう上手くはいかねぇよな」 「良かったな〜、人違いで。こうしてまた逢えたしな〜」 対照的な二人の言葉に小さな身体がぷるぷると震える。 「お・ま・え・ら〜〜!!」 「ねぇ!」 私はその会話に割り込むようにして声を上げた。 確かにセリーンとアルさんが隠れて見ていたことには驚いたけれど。 「トム君はここにいるってドナ達に伝えなきゃ! ドナね、トム君が街に下りたって聞いて捜しに行っちゃったの!」 最悪彼女は自警団の詰所に乗り込むつもりかもしれない。 すると、トム君もはっとしたようにアルさんを見上げた。 「そうだよ兄ちゃん、ドナ姉ちゃん早く追いかけねーと!」 その言葉から、彼らもドナ達が街に下りて行ったのを見ていたのだとわかった。 「あ? あぁ、そうだったな。ほら、セリーン行くぞ。ラグもいつまでおいしい思いしてんだよ」 「誰がだ! おい変態、行くって言ってんだ! さっさと放しやがれ!!」 「心配するな。ちゃんと抱っこしてってやるからな♪」 そしてその言葉通りセリーンはラグを抱きしめたまますくと立ち上がり、満面の笑みで進み始めてしまった。 「自分の頭を心配しろアホーーーー!!」 宙ぶらりんになった足と腕をばたつかせて大声で叫ぶラグ。 そんな二人の後を足元に十分注意し追いながら、私はアルさんに訊いた。 「あの、いつから見ていたんですか?」 「ん? カノンちゃんが小屋から出てくる少し前」 「じゃあ本当に、ほとんど全部見ていたんですね」 「まぁ、さすがに会話までは聞こえなかったけどな」 にっこり笑ったその横顔を見ながら、私は声を潜め訊く。 「……さっき、ラグがついてくるなって……あの言葉、信じなかったんですか?」 ――ついて来たら街を消す。 あの言葉を彼はどう思ったのだろうか。 「ん、あぁ」 アルさんは未だ怒声の響いてくる前方に視線をやり、目を細めた。 「あいつは、んなこと出来ねぇよ」 そのあたたかな声音に、やっぱりこの人はラグの先輩なのだと、なんだか嬉しくなる。 「まぁ、あいつがあんなこと言っちまうほど追いつめられてる理由は気になるけどな」 (追いつめられてる、理由……) 私もその視線を追って前方を見つめる。と。 「――あ、そうそう、クラヴィスの奴もついさっきまで一緒だったんだぜ」 「え!?」 そこで私はクラヴィスさんの存在を思い出した。 そうだ、アルさん達と別れたとき、彼もあの場にいたのだった。 「あいつ金髪の男に興味があるって言ってただろ? 詳しく訊いたら、あいつも金髪の男を捜してんだと。カノンちゃん達が捜してるあの金髪兄ちゃんとはまた違うみてーだけどな。まぁ結局あっちも人違いだったみてーで、そうとわかったらさっさとどっか行っちまった」 「そうだったんですか……」 セリーンと互角に闘った、爽やか笑顔の似合う傭兵さん。 (彼も、金髪の人を捜してるんだ) でも人違いだった。きっと、私たちと同じように肩を落としたに違いない。 「そういやあん時なんでカノンちゃんだけ小屋の中にいたんだ? ラグは入れなかったのか?」 私は前を行くトム君に声をかける。 「トム君、モリスちゃん眠れたんだよ!」 「え!?」 トム君はすぐさまこちらを振り返った。 ――そうだ。もっと早くに彼にこのことを伝えるべきだった。 「私ね、実はトム君達のおばあちゃんと同じセイレーンなの」 トム君の双眸が大きく見開かれる。 「ドナに頼まれて子守唄を歌ってあげたらモリスちゃんぐっすり寝てくれたよ。今はアドリー君とリビィ君と、それにツェリがそばに居るから安心してね」 笑顔で続けるとトム君は放心したように視線を落とした。 「……モリスが、眠れた?」 「うん!」 「そっか、モリスが……」 その声が小さく震えた気がした。と、そのときだ。 「良かったじゃねぇか!」 アルさんの大きな声にトム君も私もびくりと肩を跳ねさせた。 「お前妹に眠って欲しかったんだろ!? これで安心して謝りに行けるな!」 満面の笑みで言われトム君は少し戸惑いながらもうんと頷いた。 「あ、でもそのことなんですが……」 私はラグから聞いた自警団の話を手早くアルさんとトム君に話した。 「だから、トム君が謝りに行くのは危険だと思うんです」 俯き自分の服の裾を強く握りしめるトム君。 「でも、俺……」 「大丈夫だって! 俺がついてってやるって言ってんだろ?」 アルさんのその底抜けに明るい声にトム君は顔を上げた。 「それに言ったろ。悪いことをしたから謝りに行くんだ。真剣に謝れ! そうすりゃ絶対大丈夫だ!」 びしっと親指を立ててアルさんは続ける。 「だからその前に早くドナ姉ちゃんに追いつかねぇとな!」 「うん!」 トム君は力強く頷き、そして慣れた足取りで再び進み始めた。 私も先行くセリーン達との間が大分開いてしまったことに気付き足を速める。 (アルさんて、凄い人だなぁ……) 彼の言葉を聞いていたら不思議と本当に大丈夫という気がしてきた。――でも。 「しっかしラグの奴、ホント羨ましいよなぁ〜」 背後でぼそりと呟かれた言葉に私は危うくまた足を滑らせそうになってしまった。
夜の街は昼間とはまた違った賑わいを見せていた。 道行く人はさすがに減ったものの、そこかしこにある食堂からほのかにお酒の匂いの混じった食欲をそそる香りと楽しげな笑い声が漏れていた。 そこで自分が空腹なことに気付いたが、今はそんなこと言っていられない。 (早く、ドナ達を見つけなきゃ) 頬を伝ってきた汗を拭って私は自警団の詰所のある方を見据えた。 ドナ達がトム君を探して向かうとしたらやはりあの詰所が一番可能性が高い。彼女達があの場所を知っていたらの話だが――。と、 「いい加減に放せ!」 まだ小さなラグの怒鳴り声が前を行くセリーンの方から聞こえてきた。 「もうすぐ戻るからな! いいのか!?」 「なに!? では今のうちに思う存分堪能しておかなくては……!」 そして更に強く抱きしめられてしまったらしいラグの呻き声に苦笑しつつ私はトム君の方を振り向いた。 「トム君、ドナは詰所の場所知ってるの?」 「うん。ドナ姉ちゃん前は良く畑で採れたもんここに売りに来てたから、多分知ってるはずだよ」 アルさんの隣を歩くトム君はやはり緊張した面持ちで、でもしっかりと答えてくれた。 ――ツリーハウスの前にあった小さな畑。あの畑にはそんな意味があったのだ。 子供たちだけで生きるということはきっと私が想像するよりもずっとずっと大変なことなはず。 そんな皆をまるでお母さんのように支えているドナ。 昼間初めて会ったときの敵意むき出しの彼女を思い出して、私はいよいよ心配になった。 (ドナ、無事でいてよ……!) あの金髪の彼も一緒なのだ。きっといきなり詰所に乗り込むような早まった真似はしていないだろうと思いたかった。 「この辺だったよな?」 アルさんが自信無さげに言う。 「はい、多分……」 私も曖昧に答える。 仕方ない。昼と夜では雰囲気が違う上、昼間はあの決闘騒ぎでこの辺り一帯人で溢れていたのだ。 だがその場所を私たちは最悪なかたちで知ることになる。 「だから、早くトムを出せって言ってんだ!!」 そんな聞き覚えのある怒鳴り声がすぐそこの建物から響いてきたのだ。 「ドナ姉ちゃん!」 「おいトム!」 いち早く駆けだしたトム君の後をアルさんが追い、私もそれに続く。――今の声はドナのものに間違いない。 「だからなんのことだ。ここには儂以外誰も――」 その低い声はトム君が勢い良くドアを開け放ったところで途切れた。 中にいたのは二人。奥のテーブルに昼間もそこに居た口髭の中年男と、こちらを振り返り瞳を大きくしているドナ。 (あれ、金髪の彼は……?) 「トム!」 私が視線を彷徨わせているとドナがこちらに駆け寄ってきた。そしてトム君を強く抱き締める。 「良かった、無事だったんだな!」 「ごめん。ドナ姉ちゃん」 小さな声で謝るトム君にドナは首を振った。 「無事ならいいんだ。でも、なんでカノンが? こいつは?」 トム君の前にしゃがみ込んだまま私たちを不思議そうに見上げるドナ。答えようと口を開きかけたが、 「なんなんだ一体」 その苛ついた声に皆の視線が一斉に奥のテーブルに集まった。 「いきなり怒鳴り込んで来たと思えば。まったく、間違いだとわかったならさっさと帰ってくれないか。煩くてかなわん」 どうやらドナ達が件の賊だとはまだ気付いていないよう。この人は討伐隊には参加しなかったのだろうか。 (なら、やっぱりこのまま一度戻った方が……) そう思ったときだ。男の鋭い視線が私に留まりギクリとする。 「ん? お前さんは確か昼間の……。一緒にいたあの男はどうした?」 焦って後ろを振り向き、だがそこでラグとセリーンがこの場にいないことに気付く。 (そっか、まだ体戻ってないから――) 「それで、賊の元へは行けたのか? それとも結局怖気づいてのこのこ戻って来たのか?」 「え、えっと」 質問攻めにされ、どう答えるべきか頭をフル回転して考えているときだ。 トム君の大声が詰所内に響いた。 見るといつの間にかトム君はドナに背を向けまっすぐに口髭の男を見据えていた。 「トム!?」 ドナが悲鳴に近い声を上げトム君の腕を掴む。だがもう遅い。男の刺すような視線はしっかりとトム君を捉えていた。 トム君はその視線から逃げることなく続ける。 「全部俺が一人でやったんです。他の皆は何も悪くないんです。俺、許してもらえるまでなんでもします。罰もちゃんと受けます! だから、もう家に来ないでください! お願いします!!」 ドナの手が力なくトム君から離れた。 もう引き返せない。そう思ったのだろうか。彼女はすっと立ち上がるとトム君の隣に並んだ。 「罰を受けるのはアタシの方だ」 「ドナ姉ちゃん!?」 驚きドナを見上げるトム君。そんな彼にドナは優しく微笑みかけた。 「ごめんな、トム。ありがとう」 そしてドナは口髭の男に視線を戻した。 「今回のことは、一家の長としてトムのしていることに気付けなかったこのアタシに責任がある。だから捕まえるならアタシにしてくれ。トムや他の子供たちは見逃して欲しい」 (ドナ……) 彼女のその凛とした立ち姿を私はただ後ろから見ていることしか出来なかった。 口髭の男は先ほどから顔の前で手を組み睨むような目つきでドナを凝視している。 ――助けになればと思いここに来たけれど、出来ることが見つからない。 このままではどちらかが、最悪二人とも捕まってしまう。確かに盗みは悪いことだけれど、でも――。 「っくー! いい話じゃねぇか!!」 不意に上がった場違いな大声にびっくりして傍らを見上げる。アルさんだ。 こちらを振り向いたドナ達もまた私と同じく酷く驚いた表情。 「庇い合う姉弟! やー俺は感動したね!! トムも良く言えたな、カッコ良かったぞ!」 皆が呆気にとられるように見守る中、アルさんは一人笑顔で口髭の男に話しかける。 「なぁオヤジ、二人ともこんなに反省してんだしさ。ここは広〜い心で許してやってくれよ!」 「……お前さんは何だ。この二人の仲間か?」 男が訝しげな目でアルさんに訊ねた。そういえばこの二人は初対面だ。 「いやいや、俺はこっちの子の仲間。この子と一緒にいた愛想の無い男いたろ? あれの兄みたいなもんだ」 アルさんが私の肩を軽く叩き言う。 「兄? ならお前さんも術士なのか?」 「術士?」 その言葉に小さく反応したのはドナだ。 そこで気づく。ドナは私がセイレーンだと知ってはいるが、ラグが術士だということは知らないのだ。 「あぁ。まぁな」 アルさんが答えると男は組んでいた手を外し更に強い口調で訊いた。 「なら、その弟はどうしたんだ? モンスターの始末を依頼したんだがな」 「あぁ、あいつなら多分外に――」 「始末って……、どういうことだ。カノン」 アルさんの言葉の途中でドナが私に訊いた。その表情に疑惑の色が見え私は焦る。 ――そうだ。彼女にとってみたら、私と自警団の男が初対面でない時点で疑念を持ってもおかしくない。 「あ、あのねドナ、ラグは確かにそう依頼されたみたいなんだけど、それよりも金髪の彼と話がしたくて、それで」 「なんだよ、やっぱり最初からアタシ達を捕まえるのが目的だったんじゃないか!」 その今にも泣き出しそうな表情と声に、私は言葉を失ってしまった。 「セイレーンだって、ばあちゃんと同じだって、アタシ嬉しかったのに……」 「なんだなんだどうした、二人とも」 事情を知らないアルさんが私たちの間に入ろうとしてくれたが、そんな彼をドナは睨み上げ、そしてはっと何かに気付いたふうに再び私に視線を移した。 「そうだ、なんでここにアイツがいないんだ? 術士って、まさかモリス達を……っ!」 「ドナ姉ちゃん!?」 青い顔をしたドナがトム君の腕を掴み詰め所を飛び出して行くのを、私はただ目で追うことしかできなかった。 (私、何やってんの……?) 何か力になれればと追い掛けて来たつもりが、逆に彼女を不安にさせてしまった。彼女の気持ちを裏切るかたちになってしまった。 あんなに強気だった彼女が私に向けた今にも崩れてしまいそうな顔が脳裏に焼き付いたまま離れない。 「カノンちゃん、大丈夫か?」 アルさんのその気遣わしげな声に我に返り顔を上げる。 「ごめんな。なんか俺マズイこと言っちまったかな」 「違うんです。私が」 「あの娘、今セイレーンと言ったか?」 その声にはっとして見ると口髭の男がいつの間にか席から立ち上がっていた。 男の鋭い瞳が食い入るように私を見ていて、しまったと思う。 この距離では男にもドナの声は聞こえていたはず。もし銀のセイレーンの話がこの男の耳にも入っていたら――。 「お前さん、山に住むセイレーンを知っているのか?」 (――え?) てっきり銀のセイレーンの話だと思ったが、違うようだ。それに私も「同じ」だということも気付いていないよう。 山に住むセイレーン、というとドナのおばあちゃんのことだろうか。 先ほどまでいまいち感情の読めなかった男が明らかに動揺している。 しかしドナ達にあんなに想われているおばあちゃんのことを話せるわけがない。 私は首を横に振り、男をまっすぐに見返した。――先ほどのドナ達のように。 「知りません。それより、さっきの子たちはどうなるんですか? やっぱり罰せられるんですか?」 思い切って訊く。すると、男はまだ疑っているのだろう、眉を寄せこちらをじっと見ながらももう一度椅子に腰かけた。 「儂が決めることではない。賊の討伐に躍起になっているのはうちの若い連中だ」 「貴方から言って、止められないんですか? 皆、本当に家族思いのいい子達なんです! 全然、盗賊なんかじゃなくて、お菓子もさっきの子の妹が食べたいって言ったから、それで」 「子供らへの処罰は止められたとしてもだ」 私の声を遮るようにして男が強く言う。 「モンスターの始末は絶対だ。島の者も皆不安がっている」 ツェリの凛とした姿が目に浮かび、唇を噛む。――やはり、どうしようもないのだろうか。 と、その時背後で扉が開いた。 「今トムが娘に連れられて走っていったが、何があったんだ?」 「入るなって言ってんだろうがー!」 セリーンだ。その腕の中にはラグがまだ小さいまま収まっている。もし元の姿に戻っていたなら、ドナも気付けたはずだ。 二人とも私の顔を見て不味い状況だとすぐに察したようだった。 話したいことはたくさんあるが、男の手前下手に喋れない。 私が男とセリーン達とを交互に見回していると、アルさんがぽんと手を打った。 「オヤジ、こいつもさっきの姉弟の仲間なんだ」 「は?」 気の抜けた声を上げたのは指差されたラグだ。 私も危うく同じような声が出そうになり寸前で抑える。 男の視線がラグに移り瞬間ヒヤリとするが、男もまさか彼が昼間の青年だとは思わないだろう。 そうなるとセリーンに羽交い締めにされている今のラグは、捕らえられた子供にしか見えない。 「こいつを彼女とここに置いてくからさ、俺達さっきの二人追っかけてまた連れてくるよ。ついでにモンスターもなんとかしてくっからさ」 「お前何言って――」 「セリーン、こいつ絶対に離すなよ」 「言われなくとも」 平然と答えるセリーン。 「おい!?」 ラグの声をアルさんは完全に無視し、戸惑う私の肩に手を置いた。 「よしゃ、カノンちゃん早く追い掛けよう!」 「は、はい!」 「おい!! ちょっと待てこら! くっそ、放しやがれアホーーー!!」 ラグの怒声を背に、私とアルさんは詰め所を飛び出した。
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