ラグの腕を引っ張りながら一生懸命に走る。

 でも気持ちとは裏腹に全然スピードが出てくれない。

 足が棒のようになるとよく言うけれど、今まさにそんな感覚だった。

 そんな自分の足にイライラする。――と、

「!」

ラグが急に足を止め、私は危うく後ろに倒れてしまうところだった。

 手を離して振り返る。

「はぁ、はぁ、……ラグ?」

「お前、本当にそれで走ってるつもりか?」

 呆れたように言われムっとする。

 これでも精一杯走っているのだと口を開きかけたが、ラグはスタスタとそんな私を追い抜きその場に腰を下ろした。

「え?」

「こっちのが早い。……早く乗れ」

 いつも以上にぶっきらぼうな言い方。

「……もしかして、負ぶってくれるの?」

「いいから早くしろよ! 急いでんじゃねーのか!」

「う、うん!」

 私は少し戸惑いながらもラグの首に腕を回す。

 ――広くて大きな背中。

 お父さん以外の男の人に負ぶってもらうのなんて初めてで、こんな時だというのに妙にドキドキしてしまった。

 と、彼の頭に乗っていたブゥがそんな私をじっと見上げているのに気が付き慌てて顔を引き締める。

(そういえば、ラグに負ぶってもらうのはこれで二度目だ。あのときは小さい方だったけど……)

 やっぱり、なんだかんだ言いながら、彼はいつも優しくて頼りになる。

 そのことがなんだかすごく嬉しくて、結局顔が緩んでしまった。

 ラグは私がしっかり背中に乗ったことを確認すると両足を担ぎすぐに立ち上がった。

「で、方向はこっちでいいんだな」

「うん! ここからまっすぐで大丈夫!」

 そして彼は私を負ぶって走り出した。


 ラグの足は本当に速かった。私を負ぶっているとは思えないほどに。

 あっという間にクラール君の家が見えてくる。

「あそこの家!」

 指差すとラグは小さく頷き更にスピードを上げた。

 ――この世界に来てすぐに一度だけ見たラグの癒しの術。

 私の傷ついた足を瞬時に治してくれた。

 ラグなら、彼の癒しの術ならきっと……!



「下ろすぞ」

「うん、ありがとう!」

 クラール君の家の前でラグの背中から下りた私はすぐに家の中に入った。

 蝋燭が先ほどよりも大分縮んでいる。

 その頼りなく揺れる炎の下で、クラール君は先ほどと変わらずただ静かに横たわっていた。

 酷く弱いながらも胸が上下しているのを確認してホっとする。

 続いてラグが家の中へ入ってきた。

「この子、クラール君ていうんだけど、もう何日も何も食べてないんだって。なんとかラグの術で元気にしてあげられないかな?」

 説明しながらラグを見上げ、気付く。

 彼は目を見開きクラール君を凝視していた――と思ったが違う。その青い瞳は焦点が定まっていない。

 そしてその腕が小刻みに震えていた。

「ラグ?」

「!!」

 声を掛けると彼はビクリと反応して、焦ったようにこちらに視線を向けてきた。

 心なしか顔色が悪い。それは、私を負ぶってここまで走ったからでは無いような気がして……。

「大丈夫? なんか、」

「あ、あぁ。いや、……大丈夫だ」

「でも」

 全然大丈夫そうじゃなかった。

 彼の頭の上に乗ったブゥも心配そうに相棒の顏を覗き込んでいる。

 でも彼は首を振り、もう一度大丈夫だと言った。

「――で、あのガキを助けろって?」

「え? あ、そうなの!」

 ラグのことも気になったけれど、今はクラール君の方が心配だ。

 彼の呼吸はいつ止まってしまってもおかしくないくらいに浅く弱い。

 ラグはゆっくりと少年に近付き、彼の枕元に膝を付いた。

 全身を確認するように見回した後、

「無理だな」

「え……」

きっぱりと言われ瞬間息が詰まる。

「癒しの術はそいつの本来持ってる自己治癒力を高めるもんだ。こいつの場合、どこかが悪いってわけじゃなさそうだが」

 確かに、ブライト君はどこが悪いとは言っていなかった。

 ただ、生きる気力が無いのだと……。

「クラール君のお父さんね、つい最近亡くなって……それから元気なくなっちゃったんだって言ってた」

 小さく言うと、ラグは溜息一つ吐いて立ち上がった。

「それは、いくらオレでもどうにも出来ねぇな。要するにこいつの気力の問題ってこったろ」

「そうだけど……でも、このままじゃ」

 私は絶望的な思いでもう一度横たわるクラール君を見つめる。

 と、いきなり頭をペシっと叩かれた。

 驚き見上げると心底呆れたような視線とぶつかる。

「お前の出番なんじゃねーのかよ。銀のセイレーンさん」

「え?」

「お前言ってなかったか? 歌は人を元気にしてくれる、とか何とか」

「あ!」

 思わず大きな声を上げていた。

 ――そうだ!

 ラウト君が私をここに連れてきたかったそもそもの理由。

 昼間、とびきりの笑顔で帰っていった子供達の姿が蘇る。

 自分の事ながら未だ謎だらけの“銀のセイレーン”の力。

 この力のせいで、此処レヴールに来てから散々な目に合ってきたけれど、今はこの力が無限の可能性を秘めているような、そんな素晴らしいものに思えた。

 クラール君の閉じた心に届くかわからないけれど、彼のために歌いたい……!

 そう強く思った。



 ――どんな歌にしよう。

(子供が聴いて元気が出る歌、元気が出る歌……)

 だが、その思考はラグの声によって遮られた。

「ちょっと待て、誰か来る」

「!?」

 焦って入り口を振り返る。

 こちらに近付いてくる足音。

 ――誰?

 ラグが私の前に出た。その手はいつでも抜けるように腰のナイフに触れている。

 ブゥもラグの頭から飛び立ち、威嚇するように入口を見据えた。

 先ほど、ラウトくんと二人だったときは酷く緊張したけれど、今はラグとブゥがいてくれる。

 絶対的な安心感があった。

 と、外からぼそぼそと小さな話し声が聞こえてきた。

「ここにカノンがいるのか?」

「わかりません、でも、ここしか……」

 その声にラグが肩の力を抜いた。

 私もすぐに立ち上がって入口に向かう。

「セリーン! ブライト君!」

 こちらから顔を出すと、外の二人はとても驚いた顔をした。

 そしてすぐにほっとしたように笑ってくれた。

 更には。

「ラウト君!」

 そう、ブライト君の傍らに、ラウト君が酷く気落ちした様子で立っていたのだ。

 ブライト君に説得されて戻ってきてくれたのだろう。よく見れば二人とも汗だくだ。

「すみませんでした! ラウト様を追いかけるのに夢中で、――っ! ラグ、様もいらしてたんですね」

 中に入ったブライト君はラグを見つけるなり急に表情を硬くした。

 ラグは何も応えず、ただ彼を見下ろしている。

 この二人は……というよりブライト君は、やはりまだラグを信用していないのだろう。

 それが見ていてよくわかる。ラグもそれに気付いていないわけがない。

 私はそんな二人の視界にわざと入るようにラウト君の前で腰をかがめ笑いかけた。

「良かった。心配したんだよ」

 するとラウト君は私の顔をちらりと見上げ、ごめんなさいと呟いた。

 可哀想なくらいに落ち込んでいる彼に私はゆっくり首を振った。

「ううん、ラウト君の気持ちわかるもん。皆、わかってるよ。……無事で本当に良かった!」

「お前が言うな」

 背後でぼそっとそんな声が聞こえた気がしたけれど、

「カノン、顔を怪我しているじゃないか」

というセリーンの少し怒ったような声に私は顔を上げた。

「あ、さっき転んじゃって。でも大したことないよ!」

「しかし、痕が残ったら事だぞ。早く手当てしなくては……。あ〜可愛い顔が台無しじゃないか」

「あ、ありがとう! じゃあライゼちゃんのトコに戻ったら……あ! ライゼちゃんたち、心配してなかった?」

「あ? あぁ――」

 聞くと、やはり私とラウト君がいないことに一番に気付いたのはヴィルトさんだったそうだ。

 そしてそれを知ったライゼちゃんは酷く取り乱し、すぐさま捜しに出ようとしたらしい。

 当然だ。たった一人の弟が行方不明になったら、家族思いの彼女なら尚更じっとしていられないに決まっている。

 だがヴィルトさんとセリーンとでなんとかそれを宥め、セリーンだけがこうしてここに来たということだ。

 ラウト君の落ち込みようを見ると、きっと彼もそれを聞いたのだろう。

 私も、取り乱したライゼちゃんを想像してもう少し考えて行動すればよかったと、今更ながらに後悔した。

「でも、どうしてここだってわかったの?」

「ブゥの鼻のおかげだ。それをあの娘が聞いたんだ」

「ぶぅ!」

 自分を褒められたのがわかったのか、ブゥは得意げに空中をくるりと旋回した。

 だがそこでセリーンは急に半眼になってラグを見据えた。

「まぁ、それを聞いてすぐさまその男が走り出したお蔭で私は道案内を無くしこうして遅れたわけだが」

「え?」

「うるせぇ! おい、カノン! 早く歌うんじゃねーのか!!」

 ラグに怒鳴られて私は慌てる。

「そうなの! 私今歌おうとしてたの。彼を、助けたくて」

 言ってクラール君に視線を向けると、セリーンの表情が強張りその瞳が真剣な色に変わった。

 私は皆にクラール君を歌で、銀のセイレーンの力で元気付けようとしていたことを話した。

 すると、それまで俯いていたラウト君がぱっと顔を上げた。

「僕も一緒に歌いたい!」

「そう、だね。うん。ラウト君も一緒なら、絶対にクラール君元気が出るよ!」

 そう言うと、やっとラウト君にいつもの笑顔が戻った。

「ブライトも一緒に歌おう!」

「え!? わ、私もですか、ええと……」

 困ったように視線を向けられ、私は笑顔で答えた。

「うん、ブライト君も一緒に歌おう! 昼間の歌、覚えてるでしょ?」

「……わ、わかりました。精一杯やらせていただきます!」

 拳を強く握り言ってくれるブライト君。

 ラグとセリーンにはなんとなく頼み辛くて言えなかったけれど、二人とも、私達を止めることはしなかった。

 今は、見守っていてくれるだけで心強い。

 そして私達3人はあの歌を、皆で作ったあの遊び歌を歌いはじめた。


 銀に変わった髪が、いつもよりも強く輝いているような気がした。

 セリーンとラグが、目を見開き私を見つめる。


 ――クラール君、お願い、元気を出して。

 ほら、お友達のラウト君も、ブライト君もこんなに頑張って歌ってくれてる。

 元気にならなきゃ! そしてクラール君も一緒に歌おうよ!


 そう、心で語りかけながら歌う。

 そのとき、クラール君の眉が小さく、けれど確かに動いたように見えた。

 それに皆気が付いたのだろう。ブライト君と、特にラウト君の声が更に大きく楽しげなものになった。

 一度歌い終えても、まだクラール君は目を開けてくれなかった。でも、

「さっき、クラール目開けそうになったよね! ね!」

 ラウト君が顔を紅潮させ興奮したように言う。

「はい、確かに! もう一度歌いましょう!」

 ブライト君に言われ、私ももう一度最初から歌いだした。

 歌うことに夢中で、周りのことなんて全く気にしていなかった。

 ラグとセリーンが何かに気付いて鋭く視線を交えたことも、ラウト君とブライト君がいつの間にか歌うのをやめたことも、私は知らずに……クラール君のことだけを考えて歌っていた。


 ――クラール君お願い、目を開けて。

 あなたがいなくなると、悲しむ人がここにいるよ。

 死にたいなんて思わないで、生きて、そして――、


「みんなで歌おう!」

ラウト君の大きな声で私は漸く気付く。

 次の瞬間、歌声がわっと大きくなった。

 後ろを振り向いて驚く。――ラウト君とブライト君だけじゃなかった。

 昼間の子供達が、クラール君に向けて大きな口を開けて歌っていた。

 驚く私の顔を見て、みんなが笑顔で応えてくれる。

 きっと、みんな歌声に気付いて集まってくれたんだ……!

 そう思ったら、喉の奥がキュンと苦しくなって声が震えた。

 クラール君の心に届くようにと、私と子供達の大合唱が夜の村に響く。


 ――お願い、届いて……!!


 歌が終わりを迎え、私は息をついて閉じていた目をゆっくり開いていく。

 どうか、クラール君が目を覚ましていますように……そう願いながら。

 でもその時、背後で大きな物音がした。

 驚き振り返ると子供達の向こう、入口のところで壮年の女性が一人倒れ込んでいるのが見えた。

 まるで腰を抜かしたようなその格好に、私はハっとする。

「ぎ、銀の、セイレーン……!」

 私の方を見上げ、震える声でそう呟いた女性は子供達と同じくボロボロになった布を纏い、その身体は酷く痩せ細っていた。

 彼女だけではない。その後ろにも何人もの女性の影。

 皆目を見開きこちらを……私を凝視していた。

(まずい!)

 私はとっさに頭を隠すように腕を上げた。髪がまだ銀色に輝いていたからだ。

 でももう遅い。完全に見られてしまった。

 子供達ではなく、何の説明も受けていない大人達に。

 一緒に歌ってくれていたブライト君も今気付いたのだろう。その顔が可哀想なほどに青ざめていた。

 良く考えれば当然のことだった。

 子供達がこの場にいるということは、私達の歌が外にまで響いていたということ。

 夢中だったとはいえ、そんなことにも気付かないなんて……!

「ママ?」

 一人の女の子が倒れこんでいる女性を見て不思議そうに声を掛けた。

 途端、女性はハっとその子を見上げるとすぐさま立ち上がりその子の腕を強く引っ張った。

「何やってるのアンタは! 逃げるわよ!!」

 その声は悲鳴に近かった。

 だが女の子は首を傾げ可愛い声で言う。

「なんで? 歌を歌ってただけだよ? クラール君が元気になりますようにって」

 嬉しそうに話す女の子。

 だがそれを聞いた母親はショックを受けたように目を見開いた。

「歌ってたって、アンタ、なんてことを……!」

「私が説明します! こ、この方はカノン様といって、ライゼ様がこの国に――」

 ブライト君がそう説明し出した時だった。

「クラール!!」

 背後で大きな声が上がった。それはラウト君のもの。

 皆の視線が一斉にラウト君へ、そしてその傍らに横たわる少年に集まる。

「!!」

 彼が、クラール君が目を開けていた。

 ぼんやりと上を見上げるだけだったが、確かにその目は開いていた。

「クラール! わかる!? 僕だよ! ラウトだよ!!」

 そんな彼に必死で呼びかけるラウト君。

 すると天井を見つめていた黒い瞳がゆっくりとラウト君の方へと動いた。

 そして、

「ラ、ウ……ト?」

掠れた小さな声。

 でも確かに、それはクラール君の口から出たものだった。

 ラウト君が身を乗り出し再び彼に声を掛ける。

「うん、ラウトだよ! よかった、良かったぁ〜〜っ」

 その声はそのまま泣き声へと変わった。

 後ろの子供達からも歓声があがる。

「……母さん……が、」

 クラール君が再び天を見上げながら口を開いた。

 その声は耳を澄まさなければ聞こえない程に小さい。

「……母さんと、父さんの声が聞こえて……みんなの声が聞こえて、起きなきゃって、思って……」

 彼の目の端から一筋、涙が伝った。

 ラウト君がそれを見ながらズーっと鼻を啜り、少し怒るように言う。

「うん、そうだよ! 皆で、お前のこと呼んでたんだぞ!」

 私は自分もまた視界が潤んでいることに気付く。

 目を覚ましてくれた。……想いが届いた。

 そしてラウト君が、子供達が喜んでくれた……!

 しかし、感動に浸っている暇はなかった。

「今のうちに早く!」

「こっちに来なさい!!」

 その声に我に返ると、女性達が一斉に子供達を連れて家から飛び出して行くところだった。

 何も言わず必死な形相で駆け入ってきて子供を抱きかかえ逃げていく人もいる。

 子供達は皆、なぜ自分の親がこんなにも慌てているのかわかっていない様子だった。

 何も言えなかった。

 怯えながらも必死に子供を助けようとする母親の姿を、私はまるで人事のように眺めているだけだった。

 ブライト君だけが何度も皆に声を掛けてくれていたが、聞く者は誰一人いなかった。

 ――髪の色が元に戻る頃には、子供達はもう誰も残っていなかった。

 さっきまであんなに楽しく合唱の響いていた家の中がシンと静まり返る。

 聞こえるのはラウト君の鼻をすする音だけだ。

「カノン、」

 セリーンの気遣うような声に私は顔を上げる。

 彼女は私のそばに寄り、大丈夫かと続けた。

 ブゥも私の肩にちょこんと乗って心配そうに顔を覗き込んでくれた。

「うん、大丈夫だよ! ……でも、大変なことになっちゃった」

 ライゼちゃんは徐々に村の人に私のことを話すと言っていた。

 それは今のような混乱を避けるために違いない。

 それなのに……。

 と、皆を追って外に出ていたブライト君が戻ってきた。

「皆、行ってしまいました。……申し訳ありません! 子供達には、親にはまだ歌のことは秘密にするように言ってあったのですが」

「ううん、あの状況じゃしょうがないよ。みんなすごく楽しそうだったもん。私みんなが一緒に歌ってくれてすごく嬉しかった」

 それは本心からの言葉だったが、浮かべた笑みはぎこちないものになってしまった。

「……でも、村の人達を怖がらせちゃった」

 セリーンがそんな私の頭を撫でながら言う。

「だがそのお蔭でその子が目を覚ましたんだ」

「うん……」

「私も、気配に気付いたときにすぐに止められれば良かったのだが、何も出来なかったんだ」

「何も出来なくなるんだよ。お前の歌を聴いているとな」

 それまでずっと黙っていたラグが溜息交じりに言う。

「それがお前の、歌の力なんだろう。……あいつらにとったらそれだけで十分に恐怖だ」

 そういえば前にも歌っている間動けなかったとセリーンが言っていたことを思い出す。

「歌の力、か。凄いものだな。歌というものは」

 セリーンが難しい顔で呟いた。

「でも一緒に歌っていた私や子供達は普通に動けました。そういう、ものなんでしょうか……あっ!」

 思い出したようにブライト君はクラール君の元へ駆け寄った。

「大丈夫ですか? 気分は? 水は飲めますか?」

「そうだ、喉渇いてるだろ? 水飲めよ。何も食べてないんだろ?」

 ラウト君もそう言いながら枕元に置いてあった水差しをクラール君の口へ持っていく。

 少量の水をクラール君が口に含むのを見て改めてホっとする。

 まだ元気とは言えないけれど、多分もう大丈夫だろう。

 と、ラグが面倒そうに言った。

「さぁて、どうなるか。武器を持って襲ってくるかもしれないぜ、あいつら」

「そ、そんなことはないと」

「言い切れねぇだろうが」

 ラグに遮られ、ブライト君は押し黙ってしまった。

 ……そうだ。ルバートでは兵士達とは別に自警団の人たち……つまりは普通の街の人達までが私を殺そうと追いかけてきた。

 その時の恐怖を思い出しごくりと喉が鳴る。

「面倒なことにならねぇうちに、さっさとこの国を出た方がいいと思うがな、オレは」

「でも……」

 私は拳を強く握る。

 このまま村の人に、歌は恐ろしいものと思われたまま帰りたくなかった。

 折角、子供達は楽しいものだとわかってくれたところだったのに……。

 だがそこで私はあっと大きな声を出した。

 皆が驚いたように私を見る。

 重大なことを忘れていた……!

 セリーンがそんな私を見て眉を寄せる。

「どうした?」

「じ、実はさっき――」

 私は、あの酔っ払ったランフォルセの男の人を気絶させたままにしてきてしまったことを話した。

 それを聞いて真っ先に顔色を変えたのはブライト君だ。

「そ、それはまずいです! その男はカルダと言って、暴力的でどうしようもなく最低な男なんです。きっと目が覚めたらカノン様を捜すはず……いや、もう目を覚まして捜しているかもしれません! 早くライゼ様の元へお戻りください!」

「その方がいいな。行くぞ、カノン」

 セリーンに言われ、私も頷く。

 ブライト君は続けてラウト君へ真剣な顔を向けた。

「ラウト様、今はライゼ様のところへお戻り下さい。クラールは私が看ていますから大丈夫です」

「うん、わかった。……クラール、また遊ぼうな! 早く元気になれよ!!」

 すると、クラール君が初めて顔に笑みを浮かべ小さく頷いた。

 それに安心したのか、ラウト君も力強く頷いて立ち上がった。

「でも、ブライト君は? ここに居て大丈夫なの?」

 訊くと彼は私を安心させるように微笑み言った。

「ご心配なく。私は大丈夫です。それに、私は今夜中にもう一度村の皆を説得しに行くつもりです。ライゼ様のためにも……。さぁ、行ってください。私も明朝までにはそちらに参ります」

 そう言った彼の顔はとても凛々しく、大人びて見えた。

 あの、顔を真っ赤にしてうろたえていた少年と同一人物とは思えない程に。

 そうして、私達はクラール君の家を後にした。




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