「なんでラグだったんだ」

 アルさんが低く問う。

 エルネストさんは綺麗な笑みを浮かべたまま答えた。

「カノンにこの世界を見てもらいたくてね、でもひとりじゃ流石に心許なかったから、その護衛として彼を選んだ。彼には悪かったけれど、うってつけだったのさ」

「うってつけ……?」

 アルさんの声が更に低くなる。

「うん。彼はこの世界から愛されているのに、この世界に絶望していた。そんなところが僕に少し似ていたのもあって、とても扱いやすかったんだ」

「随分な言われようだな」

 セリーンが不愉快そうに呟く。

 私はそれよりも、ラグが世界に絶望していたというその言葉に胸が痛んだ。

「それに、傍にブゥがいたからね」

「ブゥ?」

 急に出てきたその名前に思わず声が出てしまっていた。

 エメラルドグリーンの双眸が再び私を見る。

「ブゥは、いや、ブゥたち種族は昔から歌が好きでね、いつも僕やセイレーンの傍にいた。だから人々は彼らを“天使”と呼んでいたんだよ」

(天使……)

 エルネストさんを神様のように崇めていた人々が、傍にいたブゥたちをそう呼ぶのはわかる気がした。

「君の歌がブゥには効かなかっただろう?」

「あっ」

「ずっとセイレーンの傍にいたから、彼らは歌に耐性があるんだね」

 そうか、だからあのとき近くにいたのにブゥだけは眠らなかったのだ。

「僕にとっても馴染み深い存在だったから、ブゥがいれば僕もその場所へ意識を飛ばしやすかった。だからあまり離れられると困ったなぁ」

「!?」

 驚いて振り向くと、ブゥはラグの頭の上で急に集まった視線を不思議そうに見返した。

 エルネストさんがクスクスと笑う。

「勿論、ブゥは何も知らないよ」

 それを聞いて少しほっとする。

「そんで、そんなラグに言うことを聞かせるために呪いをかけたわけか」

「うん。頼んでも素直に従ってくれるとは思えなかったからね。だから彼を僕の力が届く特別な場所に誘い出した」

 ラグが教えてくれた話だ。

 エルネストさんにある場所へ行けと言われて、そのとおりにしたら呪いを受けていた、と。

「その日彼は酷く酔っていてね。確か、感謝祭の日じゃなかったかな」

「感謝祭?」

 私が呟くと、アルさんがすぐに答えてくれた。

「一年に一度、俺ら術士に力を貸し与えてくれる万物に感謝する祭りがあるんだ。あいつはその祭りの日、決まって派手に酔いつぶれるんだが……確かに、あいつが急にストレッタを出て行ったのはその直後だったな」

 エルネストさんが笑う。

「その苦しみから解放してあげると言ったら、彼は僕に言われるまま簡単に呪いにかかってくれたよ」

 ぐっと、アルさんの拳が強く握られるのを見た。

「俺が今ここであんたをぶっ飛ばしたら、その呪いは解けるのか?」

「!?」

 アルさんの口から出た物騒な言葉にぎくりとする。

 でもエルネストさんはその笑みを崩さない。

「ここで力は使わない方がいいよ。君もそれはわかっているんじゃないかな」

 するとアルさんは悔しそうに押し黙った。

「どういうことだ」

 セリーンがアルさんに訊ねる。

「わかってるっつーか、なんかこうさっきから全身ビリビリ来てんのはわかる。……ここは、一体なんなんだ?」

 そして彼は青く輝く空洞内を見回した。

(ビリビリ……?)

「君たちの言う“万物の力”が集結している場所と言ったらいいかな。ラグを誘い出した場所もそうだけれど、こういう場所は世界にいくつか点在していてね、でもここはこの僕がいるから余計に力の溜まり場のようになってしまっているみたいだね」

 力の溜まり場……。つい、ごくりと喉が鳴ってしまった。

 アルさんの言うビリビリは私には感じられないけれど、ここが特別な場所だということはなんとなくわかる。

「レーネの森が異様な回復を見せたのも、この場所があったからか」

 セリーンの言葉にエルネストさんが頷く。

 そうだ。マルテラさんが昔からレーネの石には不思議な力があるのだと言っていたけれど。――と、そこでハっとする。

「もしかして、歌の力がいつもより強くなってしまったのも」

 聞こえるはずのない場所にまで歌の力が効いているようだった。それに私の髪は未だに銀に輝いたままだ。

 するとエルネストさんはそれにもにこやかに頷いた。

「この場所と、その石を身に着けているせいもあるんじゃないかな」

「!」

 驚いて左の薬指にはまった指輪を見つめる。

「昔はね、セイレーンたちはこういう場所で歌って世界中にその歌声を届けていたんだよ」

「だから、『楽園』か」

 それまで黙って聞いていたグリスノートが興奮したように声を上げた。

「そう、まさに楽園だった。ブゥの仲間たちや君の相棒であるコロコロドリたちもたくさんいて、それはそれは美しかったよ」

「くそ、見てみたかったぜ」

「――なら、7年前にラグの術が暴走しちまったのも」

「!?」

 アルさんの硬い声に皆が息を呑み、眠ったままのラグを見た。

 彼の凄惨な過去も、原因がこの場所にあったのだとしたら……。

 エルネストさんが静かに答える。

「そうだね。可能性は十分にある。でも7年前僕はまだ眠っていたから、詳しいことはそこの彼に訊いた方がいいんじゃないかな」

 彼が視線を向けたのはアジルさんだった。

「彼がこの場所へ来たのはつい先ほどだけれど、なんだかとても焦っている様子だったからね。……それになぜか、彼にも僕の印がある」

 アジルさんの額にはエルネストさんと同じ紋様が刻まれている。なぜか、ということはエルネストさんにも覚えがないということだ。

 エルネストさんのことを気にしつつアジルさんの元へ足を向けたアルさんに、セリーンが声を掛ける。

「その男はこの場所を知っていて隠していた。それに、奴がラグ・エヴァンスだと知って酷く慌てていたのも気になる」

 アルさんは頷き、倒れているアジルさんの傍らに片膝を着いた。

「そういやこのおっさん、見たことある気するな。――おい、起きろ!」

 何度か揺さぶられるとアジルさんは小さく呻きその眉間にたくさんの皴を寄せた。そのことに少しほっとして。

「――ひっ!? な、なんだお前たちは!!」

 自分に注がれたたくさんの視線に驚いたのだろう、眠りから覚めたアジルさんは尻餅をついた格好で後退った。

 アルさんはそんな彼の前によいせと立ち上がる。

「俺は、ストレッタの教師アルディート・デイヴィスだ。まぁ、今はワケあって休職中だけどな」

「ストレッタ!?」

 その顔が一気に青ざめる。ラグの正体がわかったときと同じ反応だ。

「あんたに訊きたいことがあるんだ。“レーネの悲劇”のことでな」

「――っ!」

 元々ぎょろりとした瞳がいっぱいに見開かれる。

「7年前、ここで一体何があったんだ?」

「すまなかった!!」

 いきなり、アジルさんがその場に蹲るようにして頭を下げてぎょっとする。

「すまなかった! 本当にすまなかった!!」

 地面に頭を擦り付け何度も何度も謝罪の言葉を口にするアジルさんに私たちは顔を見合わせる。

 アルさんも困ったように頭をかいて口を開いた。

「いや、そんなふうにただ謝られてもな。何があったか訊いてんだけどよ」

 と、エルネストさんがクスリと笑った。

「その彼、面白いね。術士ではないのに術士の力を感じる」

 びくりと、アジルさんの背中が強張った。

「術士ではない? いや、だがその男は確かに術を使っていたぞ」

 セリーンが眉を顰める。

 するとエルネストさんはスっとその目を細めた。

「ひょっとして君、この僕に触れたかい?」

 ――エルネストさんに、触れた?

 アジルさんは恐る恐るというふうに顔を上げ、水晶柱の前に浮かぶエルネストさんを見つけると顔面を蒼白にしてガクガクと震えだした。

「そんな、まさか……っ」

 あの姿のエルネストさんを初めて見たにしても、その驚き方は尋常ではなかった。

「……話してくれるね?」

 エルネストさんの優しい声音に、アジルさんは観念したように語り出した。



「10年前、儂はこの場所を偶然見つけて、吸い寄せられるようにしてその美しい人が眠る石に触れてしまった。すると突然、奇跡の力を授かった」

 アルさんが、息を呑む。

「授かったって、まさか、術士の力を手に入れたってことか!?」

「!?」

 術士は万物に好かれた特別な存在で、それは生まれついての才能だと前にラグが話してくれた。

「んなことが可能なのかよ」

 グリスノートも流石に驚いた様子だ。

 アジルさんは続ける。

「儂はこのことをすぐに責任者に伝えた。するとその話は当時このあたりを治めていた領主の耳にも届き、……あ、あの人は、とんでもないことを考えた」

 ――あの人。朝にもアジルさんは言っていた。あの人の言う通りにしていただけだ、と。

(当時の領主のことだったんだ)

 そして彼は絞り出すような声で言った。

「あの人は、この場所で魔導術士を量産し、最強の戦闘部隊を作り出そうと考えたんだ」

「!?」






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