『MFS学園物語 クリスマス編2』
それは、12月に入ってすぐの頃。
カランコローン♪
来客を知らせる鈴の音に俺はグラスを拭く手を止めそちらを見る。
「いらっしゃいませー! ってなんだ、ラグか」
仏頂面で入ってきたのは後輩であるラグだった。
その眉間の皴を見て今日はいつにも増して不機嫌そうだなーと思いつつ一先ず声を掛けてみる。
「もう学校終わったのか? 早かったな」
「…………」
「今日も寒ぃよな〜」
「…………」
「おーい、返事くらいしろよー」
と、無言で俺の前まで来たラグはバンっとカウンターに手を着き俺を睨み上げた。
「な、なんだよ」
「ここで働かせてくれ」
「――は?」
危うく、俺は持っていたグラスを落としてしまうところだった。
☆ ☆ ☆
「だから、理由を教えろって」
「だから理由なんてないって言ってんだろ! ただ金が欲しいだけだ。それともこの店は一人分のバイト代も払えないくらいに切羽詰ってんのか?」
「そんなことはねーけどよ……」
理由を頑として話そうとしないラグ。
こいつはあまり物には固執しないタイプだと長年の付き合いでわかっている。
だから別に何か欲しいものがあるというわけではないだろう。……だとすれば。
「ははーん。プレゼントか」
「!!」
その顔で当たりだとすぐにわかった。本当にわかりやすい奴だ。
俺はうんうんと頷きながら続ける。
「クリスマス近いもんなー。そっかそっか。そういうことなら雇ってあげようじゃないの!」
「〜〜っ、この事は誰にも言うなよ! オレの知り合いには特に。わかったな!!」
「はいはい。で、いつからだ? 俺はいつでも」
「今からだ」
その答えに俺はついつい吹き出してしまった。
「何がおかしい!」
「いやいや。んじゃ、何からやってもらおっかな〜。っと、まずは格好からか。替えのエプロンどこにあったかな〜」
バックヤードに向かいながら俺は再びこっそりと笑う。
こいつがプレゼントしたいと思える相手なんて一人だけだ。
(折角だし、思いっきりこき使ってやろ)
浮かれ気分で俺はエプロン探しに取り掛かったのだった。
☆ ☆ ☆
それから数日が経ち。
「そっちの片付け終わったらこっち手伝ってくれー」
「わかった」
ラグは驚くほど真面目に働いてくれていた。
こちらの指示を文句ひとつ言わず熟していく姿に、俺は感動すら覚えていた。
平日は学校が終わってすぐに入り閉店時間の22時まで。休日はなんとオープン前の準備からフルで入ってくれて、正直とても助かっていた。
クリスマスまでと言わずこれからずっと働いてくれたらと思ってしまうくらいだ。
まぁ、強いて言えばもうちょーっとお客さんに対して愛想良かったらとも思うが、そんな奴を可愛いと気に入ってくれるお客さん(主に女性客)もいたりして。
とにかく俺は大満足だった。
今日も一番混雑する時間がひと段落し、つい先ほど学校から帰ってきたラグがテーブルを片してくれていた。
「ところでさ、一体何をプレゼントするつもりなんだ?」
ダスターを手にしてこちらに戻ってきたラグにもう何度目か訊く。あえて送る相手の名前は出さないでおいた。
「別に何でもいーだろ」
素っ気なく答えながら隣に立ち、俺が今洗ったばかりの食器をもう慣れた手つきで拭いていくラグ。
「えー気になるなー、こんなに頑張ってるってことは結構高価なものなんだろ?」
と、そんなときだった。
カランコローン
来客を知らせる鈴の音にドアを方を見ると、そこには良く知った顔があった。
「カノンちゃん!?」
声に出しながら焦って隣を見ると、その姿はすでになくほっと胸を撫で下ろす。
ラグは俺の足元で人差し指を口に当て必死な顔でこちらを睨み上げてきていた。
「アルさん、こんにちは」
その笑顔にいつもの元気がないことにすぐに気が付く。
俺は平静を装いいつも通り笑顔で対応した。
「いらっしゃい。学校お疲れさん。いつものホットミルクティーでいいか?」
「あ、はい。お願いします」
言いながらカノンちゃんは俺の前のカウンター席にゆっくりと腰を下ろした。
ミルクティーを作っている間もカノンちゃんはやっぱりどこか上の空だ。
俺はカノンちゃんが好きな生クリーム乗せミルクティーをカウンターに出しながら聞いてみることにした。
「どうかした? 元気無いみたいだけど」
「え?」
図星を指されたという表情でカノンちゃんは俺を見上げた。
「学校で何かあったとか?」
「……学校でっていうか」
カノンちゃんはミルクティーのカップを両手で持ちながら俯き加減で話してくれた。
「最近、ラグがなんか冷たいんです」
そのか細い声を聞いて、思わずポーカーフェイスが崩れそうになる。
「ら、ラグが?」
「はい。最近、学校終わるとすぐに帰っちゃうし、あ、前は結構一緒に帰ったりしてたんです、家近いし。それにメールとかしても前よりも返してくれなくなったし、話しかけてもなんか冷たい感じがして」
徐々に小さくなっていくそれを聞いていて、足元にいるその“原因”に思いっきり蹴りを入れてやる。
「いっ!?」
「いやー、カノンちゃんの勘違いじゃないかなー」
小さな悲鳴に被せるように俺は笑顔で言った。
「そうだったらいいんですが……。私、何か悪いことしたかなーって」
「あいつが愛想無いのはいつものことだし。なんか用事でもあるんじゃねーの? 例えばバイトでも始めたとかっでぇ!!」
ドカっと脛に鋭い痛みを覚えて俺はつい悲鳴を上げてしまっていた。
「アルさん? どうしたんですか?」
「い、いや、何でもない」
未だジンジンとしびれる弁慶の泣き所に笑顔が引きつるのを自覚しながらも俺は続ける。
「た、例えばね、例えば。バイトでも始めて忙しくなったとかさ」
「ラグが、バイトですか?」
心底驚いた表情のカノンちゃん。
「ハハハ、そりゃ無いか」
「無いと思います。だって、あのラグがバイトなんて、まず接客関係は無理ですよね」
そう言って今日初めての明るい笑顔を見せてくれた彼女と一緒に笑いつつ、足元を漂う黒いオーラが気になっていた。
と、そのとき再び鈴の音。
「いらっしゃいませーって、今度はちびか」
「ちびって言うな!」
「ちびラグ君、どうしたの?」
「や、窓からカノンが見えたから……」
小さくそんなことを言いながらカノンちゃんの隣に座るちび。
「何か飲むか? ホットミルクとか」
「ガキ扱いするな! 何もいらない。カノン、一緒に帰ろうぜ」
「え? あ、うん、ちょっと待ってて。もう少しで飲み終わるから」
カノンちゃんは急いで残っていたミルクティーを飲んでいく。
「――あ、そうだ。ちびラグ君、最近家でお兄ちゃん何かおかしくない?」
「あいつはいつもおかしいっていうかムカツク」
「そうじゃなくって……」
「あー、でもそういや、最近あいつやたら帰りが遅いんだよな。休みの日も朝からいねーし」
「やっぱり! 何してるんだろ、ラグ」
俺はヒヤヒヤしながらそんな二人の会話を聞いていることしか出来ない。
足元にいる奴は今一体どんな心地でいるのだろう。
「ひょっとしてあいつ、女が出来たのかもな」
ちびが意地悪い顔でそんなことを言ってのけた。
「女!? ラグに、彼女が出来たってこと?」
「そうそ。もうすぐクリスマスだしな。有り得ない話じゃないだろ? きっと今その女に夢中なんだぜ!」
つくづくませたガキだと思う。
足元の奴が怒鳴って飛び出してこないのが不思議なくらいだ。と、
「ラグに……。そっかぁ」
少し残ったミルクティーをじっと見下ろしカノンちゃんが小さく呟くのを聞いて、お? と思う。
いまいち本心のわからないカノンちゃんの気持ちが今なら少しわかるかもしれない。
だが、こんな状況で知れてもなとすぐに思い直し、俺はフォローに入ることにした。
「はっはっは! あのラグに彼女なんて出来るわけねーだろ!」
「わからねぇじゃねーか」
ぶすっとした顔で睨みつけてくるちび。
「いやいや、無い無い。俺でさえいないのにアイツに彼女なんて出来るわけが無い。だってアイツだぜ?」
「……そう、ですよね。はは。ラグに彼女なんて想像できないし、ラグに限ってそれは無いですよねー」
カノンちゃんが笑って顔を上げたのを見て少しほっとする。
彼女は残っていたミルクティーを飲み干し、立ち上がった。
「ご馳走様でした。えっと、お代……」
「あー今日はいいよ。俺の驕り」
――嘘をついてしまったほんのお詫びだ。
「え、いいんですか?」
「あぁ。今度またラグでも誘ってぱーっと食べに来てくれよ」
「はい。ありがとうございます! 話聞いてくれてありがとうございました」
「いやいや、またいつでもおいで。あんま気にするなよ、どうせくっだらない理由なんだぜ」
「はい。ではまた。お待たせ、ちびラグ君。行こ」
そういくらか元気の戻った笑顔で言い、カノンちゃんとちびは店を一緒に出て行った。
「あんのクソガキ……っ!」
言いながら立ち上がったラグに俺は溜息交じりに言う。
「お前なー、何やってんだよ」
「うるせぇな。仕方ねーだろ」
「何が仕方ないだ。明日学校でちゃんとフォローしろよ?」
「……」
それには何も答えず食器拭きを再開したラグに、俺はもう一度深い溜息をついたのだった。
不器用と言うかなんというか。つくづく面倒な性格してるよなぁ。
☆ ☆ ☆
そしてまた数日後のこと。
「ラグ・エヴァンスー!」
そんな甲高い大声と共に凄まじい音を立ててドアが開いた。
「な、なんだぁ?」
俺は心底驚き入ってきた少年を見た。
他にお客さんが居ないのが幸いしたが……。
「ここにいるんでしょ、出てきなよラグ・エヴァンス! 今日こそ決着つけるよ!」
それは見たことのない少年だった。ちびと同じくらいの年だろうか。
それがきょろきょろと店内を見回しながらこちらに近寄ってくる。
ちなみにラグは今丁度バックヤードで棚の整理をしてくれている。
ぎょろりと爬虫類を思わせる大きな目が俺を捉えた。
「ねぇおじさん。ラグ・エヴァンスはどこ? ここに良く来てるって聞いたんだけど」
「おじ……っ! お、お兄さんって呼んでくれないかなー、君、MFS学園の子? 何年生?」
顔が引きつるのを感じながらも笑顔で訊くと、そいつは何とも子供らしくない恐ろしい表情で答えた。
「子供扱いしないでくれる? ボクこれでももう大人なんだよね」
「へ?」
「それにボクMFS学園の生徒じゃないから。ねぇ、いるのいないの?」
「ラグとはどういう知り合いなんだ?」
「ライバルだよ」
「ライバル?」
「そ。あいついっつも逃げてばっかりでボクと決着つけようとしないんだ。ホントムカツクからボクの方からこうして来てやったのに学園に行ってもいないし。ホントイライラする!」
「そ、そりゃあ大変だったね……残念ながらここにもいないなぁ」
苦笑したそのとき、また来客を知らせる鈴が鳴った。
「いらっしゃいませー」
入ってきたのは俺と同い年くらいの男。
瞬間どこかで見たことのある顔だと思ったが、気のせいだろうか。
長い前髪のせいでどうも表情がわかりにくいその男は少年を見つけると溜息交じりに近寄ってきた。
「ここでしたか。もう諦めて帰りますよ、ルルデュール。すみません、ご迷惑をおかけしたようで」
「い、いや」
「サカード。ついてくるなって言ったのに……」
「サカード!? ってあのサカードか?」
俺の大声に男がこちらを見た。
随分と変わってしまったが、確かに俺の知るサカードの面影があった。
こうして会うのは十数年ぶりで、向こうもどうやら驚いているよう。
「ひょっとして、アル君……ですか?」
「あぁ。いやぁ、久しぶりだなぁ。元気してたか?」
「何? 知り合い?」
ルルデュールと呼ばれた少年(?)が対して興味もなさそうに俺たちを見上げ訊いてきた。
「えぇ、私がMFS学園に在籍していた頃の同級生です」
「あっそ。どーでもいいや。というか、ここには本当にいないんだね、ラグ・エヴァンス」
「あ、あぁ」
「じゃあ今度ここに来たら伝えておいてよ。お前のライバル、ルルデュールが決着つけにわざわざ来てやったって。わかった?」
「あぁ。伝えとくよ」
言うとルルデュールはとりあえず満足したのかくるりと背を向け出口へと向かった。
「では私もこれで。お邪魔しました」
「あぁ。良かったらまた来いよな、美味いもん食わせてやっから」
「えぇ。……それにしても、あなたがこんな普通の喫茶店をやっているなんて思いもしませんでしたよ」
「あ、あぁ。まぁ、な」
「それでは、失礼します。――ルルデュール、待ちなさい!」
さっさとドアを開けて行ってしまった少年を追うように、サカードは店を飛び出していった。
ふうと溜息を洩らしたその時。
「やっと行ったか」
後ろからラグの声がした。
「なんだよお前、聞いてたのか。なんだ? アレ」
訊くとラグは肩を竦めながら億劫そうに答えた。
「一度だけ試合で戦って、一応俺が勝ったんだが、どうしても納得いかないみたいでな。まさかこんなところにまで来るとは思わなかった」
試合というと、今は完全に幽霊部員だという剣道部のことだろうか。
「なんか、面倒くさそうだな」
「あぁ……」
重い溜息を吐くラグに、俺は心底同情した。
「そっちは?」
「へ? あぁ。サカードのことか。聞いてたろ、昔の同級生。前はもっと明るい奴だったんだけどな。人って変わっちまうもんだな」
……いかん。ちょっとばかり寂しい気分になってきた。
俺はそんな心中を誤魔化すようにラグの方を見て笑った。
「ま、お前も似たようなもんか。お前も昔はもっと良く笑ってさ、」
「オレの話はいい!」
「へいへい」
そんなちょっとした事件がありつつも、その日も終わりを告げた。
気づけばクリスマスまであと数日。店内はラグのおかげもあって、もうばっちりクリスマス仕様だ。
今年もイブは例年通り仲間内でのクリスマスパーティー。
勿論セリーンも参加してくれるわけで、今からワクワクが止まらなかった。
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