『MFS学園物語 クリスマス編』



 十一月の終わり。

 そろそろホッカイロが恋しくなる季節。

 それなのに今私の顔は火照ったように熱かった。

 原因は手の中にある一通の手紙。

 私はそれを慌ててカバンに仕舞い込み教室へと向かった。




「ラブレターだぁ!?」


 そんなラグの大きな声がHR前の教室内に響く。


「ちょっ!声が大きい!」


 私はまたも慌ててその口を塞ぐ。……今更だったけれど。

 集まった視線に愛想笑いをしてラグに向き直る。


「ま、まだ決まったわけじゃないけど、さっき下駄箱にこれが入ってて…」


 私がカバンからその手紙を取り出すとラグは奪うようにして確認し始めた。


 ――中にはこう書かれている。


「貴女の歌声をいつも聞いています。二人きりでお話がしたいです。放課後、校舎裏で待っています」……と。


 そして最後にはクラスと知らない男の子の名前。同学年だということだけわかった。

 読みながらラグのこめかみがひくひくと動くのがわかった。


(あ。なんかバカにされそう)


 そんな嫌な予感と同時。


「くっだらねぇ!」


 はき捨てるようなセリフとともに手紙が私の机に叩きつけられた。

 なんとなく予想出来た彼の反応に、高揚した気分が一気に冷めていくのを感じた。


 隣の席に座るラグは教室に入ってきた私の様子がおかしいことにすぐに気づいたようだった。

「熱でもあんのか?」と声を掛けられ、つい話してしまったのだけれど。


(……やっぱ言わなきゃ良かった)


 私は嫌な気分でその手紙をカバンの中に仕舞い直す。


「お前まさか今時こんな手紙もらって浮かれてんのか?」


 鼻で笑うように言われて思わずムっとする。


「別に浮かれてなんてないよ!」


 何で彼はいつもこういう人を小馬鹿にしたような言い方をするのだろう。


「しっかし物好きもいたもんだな。誰だよコイツ。……知ってるヤツなのか?」

「……知らない」

「うっわ、危ね。きっと普通に話すことの出来ねぇネクラ野郎だぜ」

「そんなの会ってみないとわかんないよ」


 私のあからさまに怒気の混じったセリフにラグの眉がぴくりと跳ね上がる。


「まさか、行く気か? お前」

「……そんなの私の勝手でしょ?」

「きっと罰ゲームかなんかだぜ? 行ったら笑い者になるのがオチだな」


 カチンと来る、というのはこういう時のことを言うのだろう。

 ……本当言うと迷っていたのだけれど。

 私はラグから視線を外し言う。


「くだらないんでしょ。もういい、ラグには関係ない!」

「んだと?」


 案の定ラグが柄悪く言い返してくる。

 でもその時、タイミング良く教室に先生が入ってきた。

 私は姿勢を正して前を向き、ラグの方は一切見なかった。


 こんなにムカムカとするのは久し振りだった。

 彼の性格は知っているし、こんな風にバカにされるのもしょっちゅうだったけれど、今回に限ってなぜこんなにも嫌な気分になるのか……自分でも良くわからなかった。

 とにかくこの日私達はそれから一言も交わすことなく放課後まで過ごした。



 ――そして放課後。

 私はそそくさと荷物をまとめると教室を出た。

 なんとなく背後にラグの視線を感じたけれど、気づかない振りをして……。






 でも、流石に校舎裏に近付くにつれ緊張してくる。

 空はもう夕焼け色。

 このところ急に暗くなるのが早くなって季節が本格的な冬へと向かっているのがわかった。

 校舎裏はそれでなくとも薄暗く、人目につかないため絶好の告白場所だと生徒の間では有名な場所だった。

 歩きながらラグの言葉が繰り返し頭の中を過ぎる。


(本当に罰ゲームとかだったらどうしよう)


 足取りは重かったけれど、そんなことを考えているうちに校舎裏に辿り着いてしまった。


 そこにはまだ誰もいなかった。

 HRが終わってすぐに出てきてしまったから、流石に早かったのだろう。

 少しほっとして、校舎を背に一息つく。


(本当に危なそうな人だったらどうしよ……)


 こんなに不安なのは全部ラグのせいだ。

 また朝の会話を思い出してしまった私は足元の小石を軽く蹴り飛ばした。


「ラグのバカ」


 と、そのときだ。

 がさり、という落ち葉を踏む音に私はパっと顔を上げる。

 そこには見覚えの無い男の子が一人立っていた。

 一気に心拍数が上がる。

 向こうも私がすでに居たことに驚いたようだった。

 焦ったように早足でこちらに近付いてくる。


「す、すいません! こちらから呼び出しておいて遅れました!」

「あ、い、いえ、私も今来たところです」


 なんだかデートの待ち合わせのセリフみたいだなと思いつつ答えると、彼はホッとしたように微笑んだ。

 ……そんな彼の第一印象は悪くなかった。

 優しそうで、真面目そうな男の子だ。

 背はひょろんと高く(ラグよりは低かったけれど)私は目の前に立つ彼を改めて見上げた。


「ありがとう。来てくれるかどうか今日ずっと不安だったから嬉しいです」

「う、ううん」

「手紙にも書いたんだけど、音楽室から聞こえてくる君の歌声が好きで、その、前からいいなぁって思ってて」


 顔が熱くなっていく。

 どういう顔をしていいのかわからない。

 ……そして、


「いつの間にか好きになってました」


 顔を真っ赤にして、彼は言った。


(うわ、ほ、本当に告白されちゃった!?)


 きっと私も今同じくらい真っ赤になっているはずだ。

 彼は私の答えを聞くのが怖いのか、すぐに続けた。


「も、勿論! すぐに付き合ってくれとかじゃなくて! その、聞きたいことがあって」

「は、はい?」


 声がひっくり返ってしまった。

 でも付き合ってくださいと言われなかったことに、私は内心かなりホッとしていた。

 そう言われてしまったら、答えはYESかNOしかない。

 こういうことが初めての私にとってはどちらも答えるのにかなりの勇気が要る。

 だからそんな答えを強いらなかった彼に、私は更に好感を覚えていた。

 でも、聞きたいこととはなんだろうか?


「同じクラスのラグ君とは、どういう関係なんですか?」

「へ?」


 思わずマヌケな声が出てしまった。

 まさかそこでラグの名前が出てくるとは思わなかった。

 彼は構わず真剣な顔で続ける。


「カノンさんはラグ君と付き合ってるって僕の周りはみんな言ってて、でも、僕はやっぱり直接聞いてみたくて!」

「ち、違う違う違う! ラグとただの友達だよ!」


 私は大慌てで両手を振る。


(まさか、私とラグが付き合ってるなんて……!)


 確かに私がラグの家の近くに引っ越してきてからずっと仲は良いけれど、私とラグは断じてそんな関係ではない。

 周囲からそんな風に見られていたなんて、今日一番の衝撃だった。

 気のせいか頭がクラクラする。


「良かった。勇気出して聞いてみて」


 彼は本気で安堵したように笑った。


「じゃあ、改めて言います。ずっと気になってました。僕のことまずは知ってもらいたいから、これから友達になってもらえませんか?」


 断る理由は無かった。




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