** キャルムの町 **
「いらっしゃいませ〜」 店内に入ると、そんな甲高い声が私達を迎えてくれた。 昼食にはまだ大分早い時間、案の定他に客は誰もいない。 その店は意外と質素で私は小さく驚いていた。
今私達はキャルムの町、セリーンが絶品だと言う料理を出す店に来ていた。 彼女があまりに絶賛するものだから予想ではもっと大きくて、店員ももっとたくさんいるイメージだったのだが、店内はつい先日ラグと入ったセデの町の食堂よりも少し広いくらい。店員も店の主人らしきおじさんと、もう一人今笑顔で迎えてくれた私と同い年くらいの子がいるだけだった。 キャルム自体も、そんなに大きな街ではなかった。……まぁ、それはビアンカに乗り上空から見下ろしたせいもあったかもしれないが。 ちなみにライゼちゃん達親子は今近くの森の中で待機してくれている。 彼らはやはり町の中には入らないほうが良いということで、私達が後で食料を調達する手筈になっていた。
「主人、久し振りだな」 セリーンが声を掛けると、髭を生やした四十代ほどの主人は嬉しそうな声を上げた。 「おお、セリーンか! 久し振りだなぁ、何年ぶりだ?」 「私もここに来る間数えていたのだが、三年半ぶりだ。しかしこの店の味を忘れたことはなかったぞ」 「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。……と、今日は一人じゃないんだな。後ろのお二人は?」 「私の今の雇い主だ。実は皆とても腹が減っていてな、とにかくじゃんじゃん持ってきてくれ」 「はいよ、ちょいと待っていておくんな」 そして、主人は笑顔で厨房の方へ入っていった。 それから間もなくしてジューっという何かを焼く音、そして空腹をこれでもかと刺激する美味しそうな香りが店内に漂ってきた。 (やっと、美味しい料理が食べられる〜!) 四人用のテーブルにつき、今か今かと料理が来るのを待ちわびていると、先程の女の子が飲み物を持ってきてくれた。 セリーンとラグはお酒、私にはジュース。今度はちゃんと事前にジュースをと言ってあったのだ。こんな空腹の状態でもしお酒なんて飲んでしまったらきっと胃がおかしくなってしまうに違いない。 だが、セリーンとラグは出されたそのお酒を喉を潤すように軽く飲み干してしまった。 「二人とも、お酒強いんだね」 「なんだ、カノンはまだ飲めないのか?」 私の向かいに座るセリーンが意外そうに言う。 「う、うん。私の国では二十歳にならないとお酒は飲んじゃいけないって決まりがあってね」 「おかしな決まりだな。この酒なんて水と変わらないぞ」 「こいつ、前にこれと同じ酒飲んですぐに噴き出しやがった」 隣のラグにセデの町でのことを掘り返され、むっとする。 「しょうがないじゃん、水だと思ったんだから」 「少し飲んでみるか? 案外いけるかもしれないぞ?」 楽しそうにセリーンに訊かれ、私は慌てて手を振った。 「ううん! こ、このジュース前にも飲んだんだけど、すっごく美味しいんだ」 そう言って、柑橘系の赤い色をしたジュースをごくごくと飲んで見せた。 と、そこで待ちに待った料理が運ばれてきた。 それから私達はほぼ無言で、次々に出てくる料理を片っ端から平らげて行った。 中には見たことの無い生き物の丸焼きが乗った料理もあったりして、一瞬躊躇してしまうこともあったけれど、どれも本当に美味しかった。 セリーンが絶賛するのも納得の味だった。 「はぁ〜美味しかった。私もうお腹一杯!」 でもそうしたら今度は急に眠気が襲ってきた。 ビアンカの上で眠れるわけも無く、ずっと気の張った状態のまま徹夜したも同然なのだ。 でもそんな中寝ている強者もいた。それはなんとラウト君だ。 ライゼちゃんに危ないと注意されながらも、結局ビアンカに身を預け何時間も熟睡している姿を後ろから見て、ハラハラすると同時なんて度胸の据わった子だろうと感心してしまった。 「主人、腕は変わってないな。とても美味かったぞ!」 「ありがとうよ。セリーンのように色んな国を行き来するもんにそう言ってもらえるのは本当に光栄なことだ。で、この後はどこに行くんだ?」 「ん、これからまた海を渡る予定だ」 セリーンは特にどことは言わず曖昧に答えた。 それからも二人の会話はしばらく続いて……。 「――おい」 「へ?」 間近で聞こえたラグの不機嫌そうな声にぱっと目を開けると、すぐ見上げた先にラグの青い目があって驚く。 「わっ、ご、ごめん!」 慌てて姿勢を戻す。いつの間にかラグの肩に寄りかかって寝てしまっていたみたいだ。 恥かしいったらない。 「ホントごめん! ど、どのくらい寝ちゃってた?」 「ほんの数十秒だ。気にするな」 答えてくれたのはセリーン。だがその目は私ではなく、ラグに向けられていた。 「肩くらいもう少し貸してやったら良いものを」 「うるせぇ。涎でも垂らされたらたまんねぇっつーの」 私は焦って口元を拭くが、幸い涎らしきものはついていなかった。 ほっと息をつくとセリーンが呆れたように言う。 「全くデリカシーの欠片も無い男だな貴様は。カノン、すまなかったな。つい昔話に夢中になってしまった。この後宿で少し仮眠を取ることにしよう」 そう聞いて、正直とても嬉かった。 今もヤバイくらいに眠気が襲ってきていたからだ。 「では主人、次は何年後になるかわからないが、また近くに来たら寄らせてもらう」 そして笑顔の主人に見送られ私達は食堂を出た。 宿はその数件先にあり、私はセリーンに続いて吸い込まれるようにして中に入った。 「いらっしゃいませ」 「こんな時間に悪いな。しばらく仮眠をとりたいのだが、空き部屋はあるか?」 「はい。二部屋空いてございます」 「良かった。では二部屋頼む」 セリーンが手早く手続きを済ませてくれ、私達は言われた部屋へと向かった。 そういえば、この世界の宿で寝るのはこれで2回目だ。 (久し振りのベッドだぁ〜!) 「こらカノン、お前はこっちだろう」 「え?」 ラグの後に続いて部屋に入ろうとしたところを、それより奥の部屋の前に立つセリーンに止められた。 「え、じゃない。何のために二部屋取ったと思っている。ほら、こっちに来い」 そして目の前ではバタンとドアを閉められてしまった。 (あ、そっか、ついセデの時と一緒に……) なんとなく気恥ずかしくて、私はそそくさとセリーンの入った部屋へと向かう。 そして中に入るなり、案の定彼女に訊かれてしまった。 「まさかとは思うが、お前達これまで同じ部屋で寝ていたのか?」 「い、一度だけだよ! ほら、あのセデの町で。私この世界のこと何にもわかってなかったし、ラグがそばに居てくれたほうが安心だったから」 するとセリーンは眉を寄せ、眠気がすっ飛ぶとんでもないことを口にした。 「……奴に何もされなかっただろうな」 「さ、されてないよ!!」 慌てて首を振る。 「そうだ! だってあの時ラグ小さくなってたし」 その途端、セリーンの表情が豹変した。 「何!? ではあの子と一緒に寝たということか!?」 「え!? や、一緒にっていうか」 「なんて羨ましいんだ! あぁ! 私もあの子と一緒に寝てみたい! いや、あの子の寝顔が見られるだけでもいい! ……で、本当にその時何も無かったんだな!?」 先ほどとは多分意味合いの違うその問いに、私は何度も何度も頷いて見せたのだった。
それから、私達はすぐにベッドに横になった。ライゼちゃん達が待っているのだ。そんなに長居は出来ない。 そして再び睡魔がやってくる。 (ライゼちゃん達の国って、どんなところなんだろう……) 私はライゼちゃん達の国、フェルクレールトを想いながら、深い眠りについたのだった。
Continued on ...第二部6話
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