結局、それらしきものが見えてきたのはセデを出て4日目の昼ごろだった。

「あれって街? もしかして、やっと?」

 思わず立ち止って呟いていた。

 草原の向こうに建物の屋根らしきものが確認できたのだ。

 あれがルバートだろうか。

 ――ちなみに、あの後も野盗に襲われること2回。モンスターに襲われること10回以上。途中数えるのが面倒になって止めてしまったほどに敵と遭遇した。

 その度ラグとセリーンの二人がすぐに撃退してくれるのだが、昨日の朝など起きた途端その目に飛び込んできたモンスターの死骸に、危うく吐いてしまうところだった。胃が空っぽだったのが幸いしたけれど……。

 しかし二人とも相当戦い慣れているのが見て取れた。

 上手くは言えないが、セリーンの場合動きに無駄が無く鮮やかなのだ。時にその剣さばきは優雅に踊っているようにさえ見えた。

 ラグはセリーンと比べて大分荒っぽい戦い方だったが、とにかく素早く敵に反撃のスキを与えなかった。

 彼はあれから一切術は使わず、例のナイフと自分の手足をフルに使って応戦していた。

 日に日にセリーンの目が据わっていくのがわかったが、私は……おそらくはラグも敢えて知らないふりをしていた。と、

「あぁ、あれがルバートだ」

後ろにいるセリーンが一段と低くなった気がする声で答えてくれた。

 私は、ほぅと息を吐く。

 漸くここまで来られたのだ。我ながら良く頑張ったと思う。

 こんなにサバイバルな生活は勿論生まれて初めてだ。

 初めあんなに悲鳴を上げていた足も、流石に慣れてきたのかそこまで気にすることもなくなっていた。

 草の匂いのする風の中に、微かに潮の香りが混じったような気がして私の心は久し振りに浮き立った。

 もともと海が好きなのもあるが、ここ数日山や草原ばかりを見ていたから尚更だ。――なのに。

「ふぅ、漸く見えてきたか。思ったよりもかかっちまったな」

 前を歩くラグからそんな声が聞こえて来て、私の気分は急落する。

「ごめんね、歩くの遅くて」

「…………」

(否定しないし〜)

 私がこっそり口を尖らせ歩き始めると今度は後ろから声がかかった。

「カノンはルバートは初めてか、……あぁ、田舎から出てきたと言っていたな」

「え? あ、はい」

「なら色々と見て回るといい。大きな街だ、服も流行のものが揃っているしな、食事も」

「そんなヒマは無い。着いたらすぐに港に入る」

 セリーンの台詞を遮るようにラグが抑揚の無い声で言う。

 途端彼女の眉がぴくりと跳ね上がった。

 私はひとり肩を窄める。

 二人のこんな場面はもう何度目になるだろう。

 流石に慣れてはきたが、私を真ん中に挟んだ状態での喧嘩は勘弁して欲しかった。

 それでなくとも二人は身長が高くて、平均並みの自分が間に入ると体が小さくなってしまったような感覚に陥るのだ。

「少しくらいいいだろう」

「良くねぇ。すぐに船を確保しねーと明日になっちまうかもしれねぇだろ」

「そんなに急いでいるなら魔導術で今すぐ港まで飛んで行けばいいだろう。貴様程の力があるならそのくらい簡単なはずだ」

「冗談じゃねぇ、金輪際お前の前じゃ術は使わねーよ」

「ほぉ、……私が貴様に切りかかったらどうする?」

「術無しでもなんとかなるだろ」

「ちょ、ちょっと! 二人とも!?」

 足を止め睨み合った二人に向かって私は慌てて声を張り上げる。

 きっと冗談だとは思うが、冗談に聞こえないくらいに二人の声には迫力があった。ドスの利いた声、とでも言えばいいだろうか。

「早く行こうよ! わ、私お腹空いちゃったし! ねっ、ラグ、お昼食べるくらいの時間はあるでしょ?」

 早口でまくし立てる。

 すると二人の視線がゆっくりと私に移った。

「……港にある店ならな」

「ルバートの海鮮料理か。あれは絶品だぞ。私も久し振りだ」

 そして再び歩き出した二人に私はホッと胸を撫で下ろしたのだった。

(でも、やっと美味しい食事かぁ! いっぱい食べるぞ〜!)

 この4日間ろくなものを食べていなかった私は、なんだか急に足が軽くなった気がした。


 ……だが、そう簡単に美味しい料理に在りつけるほどこの旅は甘く無いということを、私はこの直後思い知ることになる。



 街の入り口に人が二人立っているのが遠目に確認できた。

 近付くにつれその二人の様相が明らかになり、私の体は硬直する。

「カノン?」

 セリーンの声にもすぐには答えられず、私は足が震えそうになるのを必死で抑えていた。

 見覚えのある物々しい甲冑。

 大きな門の前に立っていたのは、嫌と言うほどに見慣れたあの兵士たちだった。

 向こうもこちらに気づいたのか胸を張りまっすぐに私達を見据えた。

「なんだ? グラーヴェ兵とは珍しいな。……カノン、そんなに怖がることは無い。ちょっとしたチェックだろう。最近野盗どもが増えているからな」

 私の足が止まったわけを、セリーンは田舎者の私が見慣れぬ兵士を恐れていると解釈したようだった。

 その時こちらを振り向いたラグと視線が合った。

 動揺するなとその瞳は言っている。

 私は小さく頷いて再び歩き始めた。

(大丈夫。あの時いた兵士とは限らないんだし)

 自分にそう言い聞かせながら私は足を進めた。

 そして幸いにも、その兵士達はやはり見覚えのない顔だった。

「何か身分を証明できるものはあるか?」

 不躾に言われる。

 ラグは面倒そうに腰のポケットから小さなバッジのようなものを取り出して兵士に見せた。

 兵士達はそれを見て酷く驚いたように顔を見合わせた。

「こいつは連れだ。それとそいつはセデで雇った傭兵。もういいだろ、急いでんだ」

 ラグが不機嫌そうに言うと、兵士達はなにやら耳打ちし合った。

「少年」「銀の」そんなような単語が聞きとれた。

(やっぱり、私たちを捜しているんだ……)

 そう確信していつの間にか汗ばんでいた手のひらを握り締める。

 兵士たちが私を見た。

 心臓を、鷲掴みにされたような気がした。

「失礼する」

 言うと一人の兵士が寄ってきて私の頭をジロジロと見下ろした。

 私は俯いてぎゅっと目を瞑る。

 酷く速いこの心臓の音が聞こえてしまうのではないかと気が気でなかった。

 だが兵士は思いのほかすぐに私から離れ「よし、入れ」と偉そうに道を開けてくれた。

 私はなるべく平静を装って兵士たちの横を通り過ぎた。

 ――まだ胸がドキドキとしている。

「貴様、ストレッタの術士だったのか……。どうりで」

 セリーンが低い声で言うがラグは前を向いたまま答えなかった。

(ストレッタ?)

 そういえば数日前のあの野盗もその名前を口にしていた。

 訊きたい気持ちは大いにあったがきっとまた怒られると寸前でぐっと我慢する。

 一つわかったのはやはりラグは凄いらしいと言うこと。

 あの兵士たちの驚きようからして、おそらく相当に。

「しかし、あいつらはなんだったんだ? カノンの髪など気にして」

 怪訝そうに言うセリーンに私は「さ、さぁ」と曖昧に答える。

「あ、もしかしてあれか。銀のセイレーンが現れたとか噂になっていたな」

 ドキーっと再び心臓が飛び上がった。

 まさかセリーンの口からその言葉が出てくるとは思わなかった。

「それで兵が出ていたのか。嘘か本当か知らないが、迷惑な話だ」

 溜息交じりに言うセリーンに私は苦笑することしか出来なかった。



 大きな門を抜けて、まず人の多さに驚いた。

 ここ数日ほとんど人気の無い生活を送っていたせいか、驚くというよりその人口密度に圧倒されてしまった。

 門からまっすぐに走る大通りにはいくつもの露店が軒を連ね、道行く人々を呼び込む声が盛んに響いていた。

 買い物に勤しむ女性達、何やら言い合いをしているおじさん達、そしてその間を縫うようにして走り回る子供達。

 グラーヴェ城のあった街も同じくらい人が多かったが、城下町だけあって上品で落ち着きがあった気がする。それに比べ、このルバートはまるで祭りの最中のような活気があった。

 先ほどの緊張も忘れて思わず感嘆の溜息が漏れる。

「大きな街だろう。ここには近隣諸国から人が訪れるからな。貿易の街とも呼ばれているんだ」

「へぇ〜」

「観光に来たわけじゃねーんだ。さっさと行くぞ」

 ラグに促されキョロキョロとさせていた視線を正面に戻し、気付く。

 海が見えた。元の世界と変わらない、青い海だ。

 ほぼ白で統一されたこの街の建物とのコントラストがとても美しく、そして眩しかった。

 おそらく向こうに港があるのだろう。

 何度目か露店の主人に明るく声を掛けられ、つられて笑顔になりながらもそそくさと通り過ぎる。

(貿易の街っていうより、商人の街って感じ……)

 魚らしきものを焼いている露店の前を通ったときにはその美味しそうな香りにお腹がぐるぐると反応してしまった。焦ってお腹を押さえたが、街の喧騒に掻き消え二人には気づかれずに済んだようだ。

(早く何か食べたいよ〜。海鮮料理かぁ)

 美味しそうな海の幸を思い描いて私はゴクリと唾を飲み込んだ。

 しかしラグの言うとおり、ゆっくりとしていられる時間はなさそうだ。

 私達を捜している兵士達。

 おそらく「異国の服を着た銀髪の少女」と「魔導術士の少年」の二人を捜しているのだ。

 もしあの時ラグが少年の姿だったら危なかったかもしれない。

 そして私も、もしあの場で「歌え」と言われていたら――。

 私は自分を落ち着かせるため深呼吸をして潮の香りを体いっぱいに吸い込んだ。

 やはり一刻も早くこの国を出たほうがいいと再認識した、そのときだ。

 人ごみの向こうでただならぬ叫び声が上がった。

 びっくりして視線をやると、その一角に人だかりが出来ていた。

 なんだろうと気にはなったが、ラグが全く気にする様子無く進んでいくため私は仕方なくその場を通り過ぎようとした。

 だが、その直後耳に入ってきた悲痛な声に足が止まってしまった。

「違います! 私は銀のセイレーンなどではありません!」

「煩い! つべこべ言わずについて来いと言っているんだ!」

 男の怒声と共に聞こえてくるのは子供の狂ったような泣き声。

「一体何の騒ぎだ?」

 セリーンがそちらに足を向けたのをいいことに、私もその後に続く。

 人だかりを半ば強引にかき分け進みながら、ドキドキとまた心臓が煩く鳴り出していた。

 そして飛び込んできた光景に、私は我が目を疑った。

 一人の大柄な兵士が少女の腕を掴み上げ無理やり地面を引きずっていた。

 それを阻止しようと、10歳ほどの男の子が泣きながら兵士の足に食いついている。

 そのあんまりな光景にも驚いたが、そんな中でも目を引くのは少女の容姿だ。

 肌は褐色で白髪――いや、光の加減でそれは確かに銀色にも見える。そしてその瞳はうさぎのように真っ赤だった。

「姉ちゃんを放せよぉー! 何も悪いことなんかしてないだろー!」

 そう必死に叫び声を上げる少年もやはり褐色の肌。でも、髪と瞳は私と同じく黒だ。

 そして二人の服装はこの国の人達のものとは明らかに違っていた。元は黒だったのだろうその服の色は砂埃のせいですっかり白く汚れてしまっていた。

「闇の民か」

 横でセリーンが苦い顔で呟いた。

「闇の、民?」

「あの娘、運が悪かったな」

「え?」

「闇の民は、ここからずっと南の大陸に住む民族だ。なぜこのランフォルセに来たのか知らんが……あの娘、処刑されるぞ」

「なっ!?」

 私はセリーンの口から出た言葉に驚愕する。

「なんで! 銀のセイレーン、だから?」

「……闇の民は、昔この国と敵対していた。未だ両国の溝は深い。銀のセイレーンというのは単に口実に過ぎないだろう」

 紡がれる言葉があまりにも淡々としていて、ドクドクという心臓の音がいやに大きく聞こえた。

 視線をゆっくり少女に戻す。日本で言う中学生くらいだろうか、まだ幼さを残した顔立ち。

「だから違います! 私は、銀のセイレーンじゃ……」

「ならこの髪はなんなんだ! えぇ!?」

 男は彼女の長い髪を強く引っ張り上げた。体ごと持ち上げられた少女は顔を苦痛に歪ませる。

 少女にそんな酷いことをしている兵士を誰も止めようとはしない。非難の声すら上がらない。

 皆、彼女の運命をわかっているかのように顔に苦渋の色を浮かべて、遠巻きに見つめているだけだ。

「やめろよー! 姉ちゃんは銀のセイレーンなんかじゃないよぉー!」

「煩い! 闇の民のガキがぁ!!」

 必死で足にまとわり付いていた少年を、兵士は無残にも強く蹴り飛ばした。

 ――体が勝手に動いていた。

 後ろでセリーンが何か叫んだ気がした。

 私は少年の小さな体を受け止めようと手を伸ばす。

 ドンっと私の胸に少年がぶつかってきた。そのまま地面に背中を打ち付ける。

 少し息が詰まったが……どうにか彼のクッションになれたみたいだ。

 舞い上がった砂埃のおかげで視界が悪い。

 私は瞬きを何度もしながらすぐさま上体を起こして、ぐったりとした少年の体をその場に優しく横たわらせた。

 少年はひゅっと息を吸い込み直後激しく咳き込んだ。

「げほっ……げっ、うえぇ……っ!!」

 同時に苦しそうに嘔吐する少年。おそらく胃の辺りを蹴られたのだろう。

(酷い……っ!)

 私は溢れそうになる涙を抑えながら必死で彼の丸まった背中を摩っていた。

 徐々に視界が開けてきて耳の感覚も戻ってくる。

 辺りはシンと静まり返り、皆の視線が私に集中しているのがわかった。

 先ほどのお祭り騒ぎは一体どこに行ってしまったのか、少年の咳だけが街に響いている。

 だがその沈黙もすぐに破られる。

「娘、何のつもりだ。闇の民を庇い立てするのか?」

 兵士の低い声が頭上から降ってくる。

 私は答えない。

 怒り、悲しみ、恐怖……あまりに色んな感情が交差して、言葉が出てこなかった。

「ほぉ? その肌の色。お前もこの国の者ではないな。こいつらの仲間か?」

「……ちがい、ます」

 すでに胃液だけになったものを吐く少年を気遣いながら小さく口を開く。

「闇の民の味方をするなら、お前も同罪だぞ」

 言われて、私は初めて兵士の目を強く見上げた。

「この子たちが、何をしたんですか」

 搾り出した声は、掠れていた。

「闇の民が昔ここで何をしたのか、お前は知らんのか?」

「昔のことなんかどーでもいい! こんなに小さいのに……この子たちが何をしたんですか!!」

 私は怒りに任せて声を荒げた。

 喉の奥が酷く熱い。頭が熱に侵されたみたいにガンガンする。

 兵士の顔が見る間に赤く染まった。

「何だその口の利き方はぁ!!」

 その声とともに彼は掴んでいた少女の髪の毛を振り払うと、そのまま腰の剣に手をかけた。

 傍らに倒れこむ少女。

 ギラリと光る剣先が振り下ろされるのを見て、私はぎゅっと目を瞑る。

 ガキーン!!

 そんなような甲高い音が間近に響いた。

 恐る恐る目を開けると、目の前に赤毛の剣士がいた。

「セリーン!」

 兵士の剣を自分の剣で受け止めたセリーンは、そのまま気合を吐いて相手の剣を薙ぎ払った。

 瞬間バランスを崩しかけた兵士だったが、すぐに立ち直り突然現れた敵を睨みつける。

「……傭兵風情が、国兵に剣を向けたな」

「ふん、彼女は私の雇い主なんでな。傷を付けられるわけにはいかない」

「ほざけぇ!」

 怒鳴り声を上げ兵士は容赦なく攻撃を開始した。

「ラウト! ラウトしっかり!!」

 その声に振り向くと、いつの間にか少女が少年を抱き起こしていた。

 少女のむき出しになった足は引きずられた痕で真っ赤だ。

 ラウトと呼ばれた少年は少しは楽になったのか、少女に抱きついてわんわん泣き始めた。

 周りにいる人たちの視線が剣を交えるセリーンたちの方へ集中している。

 それは単に興味本位の目だ。

 それを見ながら、私の中に再び様々な感情が湧いてくる。

(これが、この世界の常識……)

 一見平和そうに見えたこの世界。

 しかし違った。

 このレヴールにも地球と同じような悲しい歴史や差別、争いがあるのだ。

(こんなの、嫌だ)

 私はゆっくり立ち上がると、スーっと息を吸い込んだ。


  ねぇ なぜ争うの?
  どこかで誰かが泣いている

  ねぇ なぜ戦うの?
  どこかで誰かが叫んでる

  心はみんな同じ
  楽しいときは笑うし
  悲しいときは涙が出るよね

  ケンカをしたら仲直り
  そしてみんなで歌いましょう
  そうすれば ほら また笑い合える

  小さな頃そうしていたでしょう
  ほら 思い出してみて
  そうすれば 世界は少し変わるはず


 歌声が辺りに響いていく。

 全身が火照ったように熱い。

 髪が、銀に輝く。


 ――この歌を作ったのはいつだったろう。

 学校の授業だったか、テレビだったか、きっかけは忘れてしまったけれど。

 世界の悲しい歴史を知った私は、その時の想いを歌に込めたのだ。

 争いや差別の無い、平和な世界を願って。


  みんなで一緒に歌いましょう
  どこかで泣いている誰かに
  どこかで叫んでいる誰かに
  この歌を届けましょう

  その声は小さくても
  きっと大きな光となって届くわ
  そうすれば 世界は少し変わるはず

  こんなに広い世界が ほら ひとつになっていくよ


 セリーンの背中越しに兵士が剣を落とすのが見えた。

 その音と同時、それまで呆けたようにこちらを見つめていた人々が蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。

 剣を下ろしたセリーンの瞳が、私を捉えて大きく見開かれている。

 兵士がそのままがっくりと膝を着くのを確認して、私は歌うのを止めた。

 振り向いて、抱き合いこちらを見上げている姉弟に言う。

「早く、逃げて」

「あなたは……」

 少女が私に何かを言いかける。

 だがそこで、ガチャガチャという複数の音に気付く。騒ぎを聞きつけたらしい他の兵士達が足音を響かせながらこちらに走ってくるのが見えた。

 少女は弟を支えながらすぐそこの狭い小道に消えていった。

 それを見届けると、気が抜けたせいか足がふらついて立っていられなくなった。

 その場に崩れ落ちる――寸前、

「こっのアホ! 何やってんだ!!」

横から飛び出したそんな聞き慣れた怒声とともに体がひょいと持ち上げられた。

(……え?)

「風を此処に!!」

 途端、鼓膜が破れるようなすさまじい風の音に襲われた。

 間近にラグの怒った顔が見えたが、すぐに目を開けていられなくなる。

 その強い風に乗るように私たちの体は空高く舞い上がった。




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