胸がざわついた。

 ゆっくりとラグを見上げる。彼は金髪の彼を睨み据え更に言った。

「なんでわかったって訊いてるんだ」

 だが金髪の彼はあっさりと視線を外し、

「さぁ、なんでだろうね」

そう、酷くそっけなく答えた。ラグが拳を強く握り締めるのを見てまたも緊張を覚える。――と。

「なんでだろうね、じゃないだろ!」

 その怒鳴り声に金髪の彼はびくりと身体を強張らせた。その声の主はラグでは無く、ドナだ。

「ちゃんと答えてやれよ! カノン達はモリスを助けてくれたんだぞ。知ってることがあるなら教えてやれって!」

 まるで弟を叱るかのように怒るドナに私は驚く。

 私も最初ドナを怒らせてしまったが、彼女は金髪の彼に対しても容赦ないみたいだ。

 更に驚いたことに言われた彼は見てわかるほどに肩を落とし、拗ねるように口を尖らせた。

「わかったよ。ドナがそう言うなら……」

 そして彼は今度はちゃんと視線をラグに向けた。ドナは腰に手を当て満足げに頷いている。

「そのエルネストって金髪の男は本当に知らないよ」

「……そうか。それで、この呪いのことはなんでわかったんだ」

「それは……」

 彼が答えかけたその時だ。

「ドナ姉ちゃん!」

 背後で突然上がったその声にびっくりして振り向くとそこにはアドリー君とリビィ君がいた。

「なんだ? 今大事な話してんだ。後じゃダメか?」

 ドナがラグたちを気にしつつ笑顔で訊く。だが二人はすぐには答えない。お互い顔を見合せ言おうかどうしようか迷っているふうだ。

 そういえば二人は先ほどもドナを捜していた。二人の不安げな表情になんだか嫌な予感がした。

 そしてアドリー君が思い切ったように口を開く。

「トムが、街に下りたまま帰ってこないんだ」

「――は!?」

 ドナが一拍開けて、素っ頓狂な声を上げた。

(トムって、確かモリスちゃんのお兄さん、だよね)

 先ほど二人は彼が水汲みに行っているとドナに伝えていた。あれは嘘だったということだろうか。

「だって、お前らさっき――」

 ドナも混乱したように言う。

「トムが言ったんだ!」

 アドリー君が強い口調で続ける。

「すぐに戻るって、ドナ姉ちゃんには水汲みに行ったって言えって」

「でも、帰ってこないから……っ」

 リビィ君の方は今にも泣き出してしまいそうだ。

 ドナの顔が焦りへと変わる。

「いつからだ」

「ドナ姉ちゃんが見回りに行ってすぐだよ」

「……わかった、お前らはモリスを見ててくれ」

 そのただならぬ雰囲気に私は口を開きかけたが、

「カノン悪い、アタシちょっと街まで行ってくるから話の続きはコイツから聞いててくれ!」

早口で言うと彼女はすぐさま走り出した。更には、

「ドナ! 僕も行くよ!!」

そう声を上げ金髪の彼までもがドナを追いかけ駆け出してしまった。

「おい!」

 完全に話を折られたラグが苛ついたように声を掛けるが、二人とも振り返りもしないまま森の中へと消えていってしまった。

「クッソ!」

 苛立ちをぶつける様に地面を強く踏みつけるラグ。

 折角呪いに関しての情報が手に入りそうだったのだ、無理もない。

 だがドナ達の方も気になった。

 もう日が沈んだのだろう、すでに空には星がちらつき始めていた。

「ねぇ、なんでトム君は街に行ったの?」

 肩を落としながらツリーハウスへ戻ろうとしていた二人に訊く。

「……謝りに行くって」

 先に応えてくれたのはリビィ君だ。

「謝りに?」

「お菓子を盗んだことを謝って、もうここに来ないように頼むんだって言ってた」

 後を続けたアドリー君のその言葉に、はっとする。

「街のお菓子を盗んでたのはトム君なの?」

「うん。モリスがお菓子が食べたいって。でも僕たちそんなお金持ってないから……」

 肩を震わせ言うリビィ君。

 ――なんとなく、事情が把握できた気がした。

 モリスちゃんの兄であるトム君が妹のためにお菓子を盗み、しかしそのせいで自警団がここに来てしまった。モンスターのお蔭で撃退は出来たもののモリスちゃんが怯え眠れなくなってしまった。

 それでトム君がもうここには来ないで欲しいと謝るために一人街に下りた。だが、帰ってこない。

 ドナも何のために彼が街に下りたのかすぐにわかったのだろう。

 昼間、決闘で大いに盛り上がっていた街の人達。そしてモンスターに返り討ちにされた自警団。

 どう考えても、謝るだけで許してくれるとは思えなかった。

 私は彼らに笑いかける。

「教えてくれてありがとう。きっとドナ達がなんとかしてくれるよ。だから二人はモリスちゃんの傍にいてあげてね」

 そう言うとアドリー君とリビィ君はしっかりと頷き、ツリーハウスへと戻って行った。

「ねぇ、ラグってどこまで聞いてたの? あの自警団のおじさんに」

 二人がドアを閉めるのを確認してすぐに私はラグに訊く。

「あ?」

「だって、お菓子を盗んでたのが子供だってことも知ってたみたいだったし」

「あぁ、子供の集団に返り討ちにあったなんて知られたら自警団の面子に関わるから黙っていてくれだとよ」

 鼻で笑いながらラグが言う。

「面子って……。それで、結局ラグはあの人に何を頼まれたの?」

「モンスターの始末」

 予想出来たこととは言え、さらりと言われ息を呑んだ。

 ドナ達を懸命に護り、一度でも美しいと思ったあの“ツェリ”と呼ばれたモンスターをラグが殺す。……そんな情景が一瞬頭に浮かび、慌てて打ち消した。

 金髪の彼に会うことが出来、再び戦う必要も無い今、もうラグにその依頼を受ける気は無いはずだ。

「ドナ達のことは?」

「オレが言われたのはモンスターを始末してその証拠を持ってこい、それだけだ。その後は自分たちでどうにかするつもりなんだろーよ」

「どうにかって……」

 彼らがモンスターという脅威の無くなったこの場にもう一度乗り込んでくるつもりなのだろうことは容易に予想出来た。

 そして、面子を守るために街の人達には盗賊が子供だったという事実は隠し通すだろうことも。

「もしかして――」

「ここにいる奴ら全員、自分たちで始末するつもりだろうな」

「そんな……っ」

 ――確かに、どんな理由があったとしても泥棒はいけないことだ。でも……。

「おい、お前まさか」

 唇を噛んで彼らが消えて行った森の方を見つめていると、そんなすこぶる嫌そうな声が降って来た。

 私は意を決し彼を見上げる。

「私たちも街に行こう! 何か手助け出来るかもしれない」

「やっぱりかー!」

「だってあんなにいい子達なのに!」

「何がいい子だ、ただの自業自得だろうが!」

「でもだから反省して街に下りたんだよ! 許してくれるならいいけど、もし面子のためにっていうなら見過ごせないよ!」

「お前なぁ、ついこの間余計なことに首突っ込むなって言ったばかりだろうが!」

「でもラグだってさっきの呪いの話の続き気になってるんでしょ!? もし何かあったら聞けなくなっちゃうんだよ!?」

「だからってなぁ!」

「ぶぅ〜!」

 そのとき可愛い声と共に私たちの目の前にぴょこんと白い塊が現れた。

「ブゥ!」

「あぁ、起きたのか」

 そのままブゥは嬉しそうにいつもの定位置であるラグの頭に乗っかった。

 そんなブゥの姿を見て、私はもう一度ラグに言う。

「あのモンスターだってブゥと一緒だよ。モンスターだけど、ラグもブゥもお互いに大事な存在でしょ? ドナもあのモンスターのこと確かツェリって名前で呼んでた。ツェリもただドナ達を護ってるだけなんだよ」

「ぶぅ?」

 ブゥが目をぱちくりさせながら私を見ている。

 そして舌打ちが聞こえてきた。

「ったく、なんだってこう次から次へと……!」

 その諦めたような言い方になんとか承諾してくれたのがわかりほっとする。

「――あ、そうだ。街に行けばセリーン達もいるし、ひょっとしたら何か知ってるかも!」

 事情を話せば、セリーンとアルさんならきっと力になってくれるはずだ。

「とにかく一度街に下りて様子を――あ、でもモリスちゃんたちだけで平気かな? あ、でもツェリがいるし……って、いないね。そういえば」

 考えてみたら先ほどからずっとその姿を見ていない。

 と、ラグが呆れたように溜息を吐いた。

「主人を追いかけて行ったんだろうよ」

「え……、じゃあやっぱり私達はこっちにいた方がいいのかな?」

 迷いかけた、丁度そのときだ。

 すでに暗闇に包まれた森の中からツェリが姿を現した。

 ドナから戻れと言われたのだろうか、心なしかそのシルエットが寂しげに見えた。

「ツェリ!」

 私が呼ぶとツェリはなぜか酷く驚いたように顔を上げこちらに視線を向けた。だが、すぐにふいとその視線は逸らされ、そのまま私たちの傍らを素通りし大樹の前に行儀良く座り込んだ。

 今来た森の方をじっと見つめるその姿を見て、やはりモリスちゃん達を護るために戻って来たのだとわかった。

「あのね。私たちも今街に行こうって話をしていたところなの。少しでもドナの力になれたらと思って」

 ドナの言うことをちゃんと理解していたツェリ。きっと私の言葉もわかってくれるだろうとそのまま続ける。

「モリスちゃん達のことお願いね」

 視線を合わせてはくれなかったけれど、ツェリがいればモリスちゃん達は安全だろう。

「行こう、ラグ」

「あぁ」

 ――そうして、私たちはこの場を後にしたのだった。



 夜の山道を下るのは思いの外大変だった。

 ちらちらと見える街の灯りが目印となって行き先は見失わずに済んだけれど、目を凝らし足元に良く注意しなければ落ち葉や木の根に足を取られて転んでしまいそうだ。

 きっと山の中に住んでいるドナ達はすいすいと街に下りてしまったに違いない。

 私たちが行って何が出来るかはわからないけれど、それでも急がなければと私は前を行くラグに必死について行っていた。

「ぶぅ?」

 ブゥが小さく鳴いたのはそろそろ山道も終盤で丁度ほっとしかけたときだった。

 先行くラグの頭を離れ真っ暗な茂みの向こうをじっと見つめたブゥに、なんだろうと同じ方を見ようとした――のがいけなかった。

「きゃっ!」

 根か何かに躓き、あろうことかすぐ目の前にあった木の幹に顔面から思いきり突っ込んでしまった。

「〜〜っ!?」

「おい、平気か?」

 額を押さえてしゃがみ込んでいるとラグが呆れたふうに寄って来てくれたが、すぐには答えられないくらいに痛かった。

 ブゥもそんな私の顔を心配そうに覗きこんでくれている。

「ご、ごめん。注意、してたんだけど……っ」

「見せてみろ」

 そう言われ額を押さえていた手を恐る恐る外しラグを見上げる。すると彼はすぐに眉をひそめた。

「そ、そんなに酷い? 割れてる、とか」

 焦る。今すぐ鏡が欲しいと思ったが、逆に無くて良かったかもしれない。

「割れてやしねぇが……。ちっ、仕方ねぇな」

「っ!」

 急に彼の手が額に当てられ、その痛みに思わず目を閉じる。

「癒しを此処に……」

(あ、)

 ラグの掌から熱いくらいの熱が伝わって来る。むずむずとした痒みを感じた頃、ゆっくりと手が離れた。

「ったく、気をつけろよな」

 聞こえたのは子供の声。目を開けるとそこには小さなラグがいた。

「うん、ありがとう」

 額に触れてみるがもう痛みは感じなかった。傷も綺麗に消えているみたいだ。

 ブゥが嬉しそうにくるりと回転してラグの頭に着地するのを見ながら、私は改めて彼の力に感動を覚えていた。

「ほら、手」

「え」

 小さな手が伸びて来て驚く。

「そのかわり、オレまで巻き込んでコケんじゃねぇぞ」

「き、気をつけます」

 苦笑して、私は立ち上がりながら彼の手を取った。

 ――その手の大きさに、ふいに初めて会ったときのことが思い出された。

 小さいけれど、頼もしいと感じた掌。それは今も変わっていない。

 でもその姿が呪いのせいだと知った時には本当に驚いたものだ。

 慎重に進み始めたラグについて行きながら私は訊く。 

「ねぇ、ラグ。さっきあの金髪の人、ラグのこと良く生きてるねって言ってたでしょ。あれってどういう意味?」

「……」

 その沈黙にまた彼の逆鱗に触れてしまったかと焦った頃、彼は口を開いてくれた。

「そのまんまだ。普通の奴なら間違いなく死んでるだろうよ」

「うそ!?」

「嘘ついてどうすんだ。オレも死にかけたからな」

(そんなに、大変だったんだ……)

 だから彼はその呪いをこんなにも嫌悪しているのだろうか。

 見た目が可愛いからと言って今まで軽視し過ぎていたかもしれない。

「ごめんね、私――」

 これまでのことを謝ろうとした、そのときだ。

 ガサガサっとすぐそこの草むらが激しく揺れぎょっとする。

 ラグがすぐさま私の前に出てくれた。ブゥもその頭から再び飛び立ち同じ方向を見据えた。

(まさか、モンスター!?)

 ラグはまだ小さいまま。こんなときにモンスターに襲われたら。――だが、聞こえてきたのはモンスターの唸り声ではなく、

「――だから、駄目だって、ちょ、うわっ!」

「こんな久々のチャンス逃してなるものかああああ!!」

草むらを割ってこちらに飛びかかってきたのは、夜目でもわかる赤毛の――。

「セリーン!?」

「なん、お前っ、ぎゃあああああああ!?」

 そして、思いっきり羽交い絞めにされたラグの怒声交じりの悲鳴が山中に響き渡った。




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