その村は昼時だというのにひっそりと静まり返っていた。
「あっれ〜? なんで誰もいないんだ?」
アルさんが入ってすぐの広場からぐるりと村を見渡して首を傾げた。
私も同じように見回しながら、ふとセデの町を思い出していた。なんとなく雰囲気が似ている。
(セデはこんなに寒くなかったけど……)
それでもノーヴァに比べると大分暖かかった。昼間であれば防寒具は着る必要無さそうだ。
「家の中には居るみたいだけどな」
ラグが不機嫌そうに付け加える。
――結局何を言ってもアルさんは私たちについて来るの一点張りで、ラグも流石に大声を出すことに疲れたのか身体が元に戻る頃にはもう何も言わなくなっていた。
ただその分近付き難い程の不機嫌オーラを放っていて、私は未だきちんとお礼を言えずにいた。
「こんなに天気良いのになぁ。前に来たときは確か子供らがこの辺走り回ってたぜ?」
ここはランフォルセの東に隣接する小国ラウデースのタチェットという小さな村。昔はここもランフォルセの領土だったのだが、大戦後に独立したのだという。
ソレネィユ山脈の麓に位置しているためビアンカの降りる場所にも困らず、小さな村なのでしばらくは静かに休めるだろうとアルさんが決めてくれたのだが。
「これじゃいくらなんでも静か過ぎだぜ」
「視線は痛いくらいに感じるがな」
「え!?」
後ろにいるセリーンの低い声音に驚き私は再度目の前に立ち並ぶ家々を見回す。
――もし銀のセイレーンのことが此処にも伝わっているとしたら……と、その時だ。
「アンタたち、旅人かい?」
声の元を辿ると、程近い家のドアから顔を覗かせている女の人がいた。
何かに怯えるように周りを、特に私たちの背後を気にしている様子のその人に、アルさんは近寄りながら声をかけた。
「あぁ、ちょっと病人が出ちまったもんでさ、休もうと思って立ち寄らせてもらったんだけどな」
「それは大変だったね。この村の宿はウチだけだよ。食堂も付いてるからね、早く入りな」
言って、女の人は笑顔も無くさっさと中に入ってしまった。
アルさんが首を傾げつつこちらに戻ってくる。
「どうします?」
「明らかに怪しいな」
「まぁな」
アルさんとラグの受答えを聞きながら知らずごくりと喉が鳴ってしまった。
――ビアンカの上で私はフィエールが言っていたことを全て皆に話した。
ストレッタが銀のセイレーンと手を組んでいると勘違いされていること。そしてランフォルセ国王が私の力を欲しがっているらしいことも。
と、私の緊張が伝わってしまったのかアルさんがこちらに視線を向けた。
「ま、さっきも言ったけど、この国にランフォルセの情報が入っている可能性は低いから、そっちの心配は無いと思うけどな。とりあえず入っとく? カノンちゃんお腹減ってんだろ」
「は、はい」
ビアンカの上で一応の非常食はもらったものの、まだ胃はほとんど空っぽの状態だった。
「んじゃ、けってーい! 何かあったらこの俺もいるわけだし何とかなるなるー!」
そう軽く笑いながら先ほどの家に大股で歩いていくアルさんに、ラグは盛大に溜息を漏らしながらもついて行く。
と、ぽんと頭に手が置かれた。
「私たちも行こう」
「うん」
大丈夫だ、そんなセリーンの微笑みに促され私もラグ達の後を追った。
その宿は木造二階建てで、入ってすぐが食堂。その奥が厨房になっているようだった。
二階が客室のようだが、外から見た感じでは部屋数は2つあるかどうかのこぢんまりとした宿だった。
「病人ってのは?」
やはり笑顔も無く女の人――女将さんだろうか? はドアを閉めた私たちを見回し言った。
元々勝気そうな目元に酷いくまが見て取れ、なんだか私たち以上に疲れているように見える。
年はセリーンより少し上ほどに見えたが、本当はもう少し若いのかもしれない。
「この子だ」
「セリーンもだろう?」
すかさずアルさんが付け加え、私もセリーンを見上げうんうんと頷いた。
あんな大怪我をしたのだ。口に出さないだけで本当は辛いに決まっている。
セリーンは小さく息を吐いただけで否定はしなかった。
「お腹は減ってないかい?」
「減ってます!」
思わず挙手しながら大きな声を出してしまった。
すると女将さんは初めて微かにだが目を細め笑ってくれたようだった。
「簡単なもんになっちまうけど、すぐに人数分作ってきてあげるよ」
「ありがとうございます!」
「よろしく頼むぜ〜」
待ちきれない思いで厨房に向かう女将さんを見送る。だが、彼女は途中ぴたりと足を止めゆっくりとこちらを振り返った。
「この村に居る間、なるべく外に出るんじゃないよ」
そしてこちらが疑問の声を上げる前に、厨房へと入っていってしまった。
「……やっぱ、なんかありそうだな」
「すっごく疲れてそうでしたよね」
アルさんと小声で話していると、それまで黙っていたラグがイラついたように口を開いた。
「おい、余計なことに首突っ込むなよ。あまり長居するつもりはないからな」
「ま、そうだな、休みに来たんだしな。セリーンとカノンちゃんには早く食って、早く寝て、早く良くなってもらわないとな」
アルさんはそう言って笑っていたけれど、私はどうも嫌な予感がしてしょうがなかった。
(色んなことがあり過ぎてマイナス思考になってるだけだよね)
そう考えることにし、私は厨房から女将さんが出てくるのを楽しみに待つことにした。
女将さんが持ってきてくれたのは人数分の具沢山ミルクシチューだった。
具は柔らかくスープはトロトロで、少し薄味だったけれど空っぽな胃にはそれがかえって優しく感じられた。
「美味い! 今まで食った中でも最っ高のシチューだぜ!」
「ふふ、ありがとうよ」
アルさんの少し大げさにも思える賛辞に、女将さんは満更でもないふうに今度こそ笑ってくれた。
笑うと気さくなお姉さんという感じでとても素敵なのに。そう思った矢先、またふっと笑顔が消えてしまった。
「普段ならもっとたくさん出してあげられたんだけどねぇ。今日はそれで勘弁しておくれね」
そう言って大きな溜息をついた。
私たちは顔を見合わせて(ラグは一人黙々とシチューを食べていたけれど)結局アルさんが女将さんに事情を訊ねた。
「村で何かあったのかい?」
と、丁度その時だった。
外が俄かに騒がしくなった。人の笑い声、そしてなにやら叫ぶような大声。
「なんだ?」
セリーンが席を立ち窓を覗こうとした。だが、
「見ちゃダメだよ!」
女将さんの小さな、でも鋭い声にセリーンも足を止めた。
そして女将さんは真剣な面持ちで言う。
「ここにはもう来ないだろうけど、念のためアンタたちは上に行っていたほうがいいかもしれないね」
「一体、」
そう、再度アルさんが口を開けたのと同時だった。
『はーははは! ラグ・エヴァンス様がまた来てやったぞーー!!』
「ぶーーーー!!」
外から聞こえてきたその大声に、ラグがシチューを思い切り噴き出した。
「げほっ、げほっ!」
苦しそうに咳込むラグを見ながら、私の頭の中は疑問符でいっぱいだった。
(今、ラグ・エヴァンスって言ったんだよね?)
それは今目の前にいるラグのフルネームで、だからラグも驚いて今こうして咳き込んでいるのだろうけれど。
と、女将さんがため息をつきながら小さく言った。
「驚くのも無理ないさ。なんでかわからないけどこの村をいたく気に入ってくださったようでね、飯時になるとああしておいでなさるのさ」
そのあからさまに悪意を含んだ物言いに私は焦る。それがラグ本人に向けられたものではないにしても、彼の名が決して良くはない意味で有名なことを、もう知っていたから。
「わかったろ。だから暫くの間二階に行って静かにしていな」
「あ、あの」
「そうだな、んじゃちょっと上がらせてもらうよ」
私の言葉を遮るようにしてアルさんが席を立った。見上げると彼の意味ありげな視線とぶつかって、私は口を噤んだ。
「二階にシチュー持って行ってもいいかな」
「勿論さ、温かいうちに食べておくれ」
「ありがとうな。ほら、お前いつまで咳き込んでんだよ。行くぞ」
アルさんは自分とラグの分のシチューを素早く持って階段へ向かった。私も慌てて自分のシチューを持ってその後を追う。セリーンとまだ軽く咳き込んでいるラグもその後に続いた。
「二部屋あるからね、好きに使っておくれ」
「ありがとうございます」
私は小さな声で返事をし階段を上がっていった。その間も外での騒ぎはずっと聞こえていた。
とりあえず私たちは階段を上がってすぐ右の部屋に入った。
部屋中央に小さな花瓶の乗った丸テーブルが置かれ、それを挟むようにして二つのベッドが配置されていた。
最後にラグがドアを閉めるのを見計らって、私はすぐに声を掛ける。
「どういうこと?」
「知らねぇよ」
面倒そうにそれだけ答え、彼はテーブル向こうの窓からすでに下を覗いているアルさんの元へ近寄った。
「どんな奴らだ?」
「見た目盗賊って感じ。ってか盗賊だろアレどう見ても」
ラグも窓から下を見下ろして、そして眉を寄せた。
「あの野郎、どっかで……」
「あの子と出逢うきっかけになった野盗どもだなあれは」
「え!?」
セリーンの言葉に私はすでに二つシチューの置かれた丸テーブルに自分のシチューを置き、窓へと駆け寄った。アルさんが場所を空けてくれ私はそこからそっと下を覗く。
先ほどまで私たちがいた広場の方からこちらに向かって偉そうに歩いてくる5人ほどの男たち。その風貌はアルさんの言うとおり盗賊にしか見えなかったが、その中でも一番先頭を歩く男だけは少し高価そうな服を着ていた。そしてその男の顔には見覚えがあった。
(――そうだ。確か自分はストレッタの術士だって豪語していたくせに全然大したことなくて、怒ったラグに吹き飛ばされたヤツ!)
取り巻きの顔までは覚えていなかったけれど、確かにあの時の盗賊達に間違いなさそうだ。
ここはランフォルセのすぐ隣の国。私たちがフェルクやノーヴァに移動している間にこの国に足を延ばしていてもおかしくはない。
「なんだ、知ってる奴なのか? よりによってお前の名前を騙るなんてある意味大物だなアイツ。で、どうするんだ?」
アルさんがくっくっと笑いながらラグを見た。彼はなんだかこの状況を楽しんでいるように見える。
「あの時のように術で吹き飛ばしてしまえばいい」
「てめぇは魂胆丸見えなんだよ」
セリーンを睨み見て言うラグ。
――確かにここで術を使ったら今度こそ確実にセリーンは彼に飛びかかりそうではあるけれど。
「……でも、さっきの女将さんの様子だときっとこの村で酷いことしてるんじゃない? 早くあれは偽者だって教えてあげなきゃ!」
「んで本物はオレだって言うのか? アホらし」
「アホらしいって、じゃぁどうするの?」
あの時のようにもっと怒るかと思ったのに、ラグはただひたすら面倒そうにさっさと窓から背を向け椅子に腰かけてしまった。
――自分の名前で悪さされて、彼は悔しくないのだろうか?
彼がそんな態度だからか、こちらが段々と腹が立ってきた。
(こんなこと放っておいたら、どんどんラグのイメージ悪くなっちゃうのに!)
なんだか無性に悔しくてたまらなかった。
でもラグは何でもないふうに、一番量の減ったシチューを自分の前に持ってきてスプーンを手にした。
「……どうもしねえよ。言ったろうが、ここにはお前らが休むためだけに寄ったんだからな」
「でも!」
「いいからお前もさっさと食って寝ろ!」
そう怒鳴られてしまい、また私は何も言えなくなってしまった。
「ま、飯時にっていうんだから、ただ単に飯食いに来てるだけかもしんねーし、どんなもんだか少し様子見てよ、余りに酷かったらまた考えるってことで、とりあえずあったかいうちに食っちまおうぜ」
アルさんの意見にセリーンもそうだなと同意し、窓から離れドアの方へと歩いていった。
「カノン、向こうの部屋へ行こう」
「え?」
「あれ? 向こう行っちゃうのかよセリーン」
「当たり前だ」
「なんだよ〜、ぐっすり眠れるまで傍にいてやるのに」
「早くシチューを持って行くぞカノン」
アルさんを無視してさっさとドアを開け出て行くセリーンを私は慌てて追う。
――そういえばセリーンは最初からずっとシチューを手にしたままだった。元々この部屋に長居するつもりはなかったということだろうか。
「ちぇ〜、つれねぇの。――あ、カノンちゃん」
アルさんに呼ばれ、ドアを閉めようとしていた私はその手を止めた。
彼はドアの間から顔をひょっこり覗かせ小声で言った。
「アイツ、単にカノンちゃんに早く休んで欲しいだけだから」
「え?」
「じゃ、ゆっくりおやすみ〜」
そして満面の笑みを残しパタンとドアを閉めてしまった。
私は少しの間その前で立ちつくす。
(えーっと……?)
その笑顔の意味をわかりかねた私は首を傾げたままゆっくり回れ右をしてセリーンのいるはずの部屋のドアを開けた。――だが、セリーンの姿が見当たらない。
「セリーン?」
隣と同じ作りの部屋を見回して、すぐにベッドで横になった彼女を見つけた。
嫌な予感がしてシチューを丸テーブルに置き駆け寄ると、案の定セリーンは気分悪そうに目を閉じていた。
「セリーン!」
名を呼ぶと彼女はゆっくりと目を開け私を見上げた。
「すまない、少し眩暈がしてな」
「大丈夫? あ、ラグ達呼んで来ようか!」
「いや、いい。こうして横になっていればすぐに良くなる」
そうしてもう一度セリーンは目を閉じてしまった。
――やはり顔色が悪い。傷が治ったと言えあれだけの出血、それに私を捜すために昨日から寝ていないと言っていた。
私のために……そう思ったら居ても立っても居られなくて今閉めたばかりのドアとセリーンとを交互に見つめる。
セリーンはいいと言ったけれど、やはりラグ達を呼んできた方がいいのではないか。
しかしセリーンは弱っているところを彼らに見られたくないのかもしれない。現に彼らと離れた途端のことだ。
逡巡しているとセリーンが私を呼んだ。
「カノン」
「な、なに?」
ベッド脇に膝を着いて訊く。何かして欲しいことがあったら何でも言って欲しかった。
セリーンがゆっくり首を回して私の方を見る。そして。
「あの時は守ってやれなくて、本当にすまなかった」
私は目を見開いた。
――あの時とはフィエールに襲われた時のことだろう。
まさかそんなことを言われるとは思っていなくて、私は強く首を振った。
「謝るのは私の方だよ! 私のせいでセリーンあんな酷い目に合ったのに!!」
そもそも私と一緒にいなければセリーンはあんなに酷い傷を負わずに済んだのだ。
ラグ達が戻ってきてくれていなかったら、彼女とはもう会えなかったかもしれないのだ。
改めて今目の前に彼女がいることは奇跡に近いことなのだと思い知り、ぞっとした。
それなのに――。
「カノンが気にする必要は無い。私の――傭兵である私の完全なる落ち度だ。逆に庇われ命を救われた。……これでは傭兵失格だ」
「そんな!」
自嘲するような笑みを浮かばせ天井を見上げた彼女に私はもう一度首を振る。
「私はセリーンのこと、もうとっくに傭兵だなんて思ってないよ!」
セリーンが瞳を大きくしてこちらを見た。
「なんていうか、私、セリーンのことお姉ちゃんみたいに思ってるから。だからセリーンが傷つくのは見たくないし、セリーンが死んじゃったらどうしようって――」
セリーンの手が私の頬に触れた。いつの間にか涙が零れてしまっていた。霞んだ視界の向こうで彼女が優しく微笑んでいる。
「ありがとうカノン。私も、お前のことは妹のように思っている。……こんな頼りのない姉だが、これからも護らせてもらえるか?」
「わ、私の方こそ!」
“銀のセイレーン”なんて言われている私と一緒にいたらこれからもっと危険な目に遭うかもしれない。
フィエールよりももっと強い相手と戦うことになるかもしれない。
――でも、セリーンがいないなんてもう考えられないから。
「こんな面倒な妹だけど、これからもよろしくお願いします!」
必死な想いで頭を下げると、セリーンがその頭をぽんぽんと叩いた。
顔を上げるとセリーンが楽しげに笑っていた。
「初めて会ったときもそんなふうに頭を下げられたな」
「そう、だっけ……」
なんだか急に恥ずかしくなって私は涙を拭った。
朝から涙腺が弱い気がするのはやはり身体がまだ本調子で無いからだろうか。
でも今はやっぱりセリーンが心配で。
「本当にラグ達呼んで来なくて平気?」
「あぁ、こんなこと大戦中はざらだったからな。食べて寝ればすぐに良くなる。カノンも早くシチューを食べて休むといい。お前が元気になれば奴も好きに動けるだろうからな」
「え?」
セリーンの視線がドアの向こうへと移動する。奴とはラグのことのようだ。
そして先ほどアルさんにも言われた台詞を思い出す。彼もラグは早く私に休んで欲しいだけだと言っていた。
(もしかして――)
「ラグがあの偽者をすぐにどうにかしないのは、私が休めないから?」
「あの時奴が外に出て行っていたら、お前も気になってついて行っただろう?」
「う、うん」
多分、いや、確実について行っただろう。
ということは、さっきあんなに怒っていたのも私を心配してくれてのことなのだろうか。
(確かに早く食って寝ろとは言ってたけど……)
テーブルに乗ったシチューを見ながらあの時のラグを思い浮かべる。
――あんなふうに怒鳴らないで普通に言ってくれたらお礼も言えたのに。
セリーンがお姉ちゃんなら、ラグはこの世界での私のお兄ちゃんのような存在だ。口が悪くて気難しい、でもいざというときはとっても頼りになるお兄ちゃん。
(こんなこと言ったらすっごく嫌な顔されそうだけど)
そんなことを考えていると、セリーンが小さく息をついた。
「まぁ、今頃方が付いてるんじゃないか?」
「え?」
セリーンの視線を追って窓を見た丁度そのときだった。ゴォッという聞き覚えのある轟音と共にぎゃーっという複数の叫び声が聞こえてきた。
「今の!」
私は立ち上がり窓へ飛びついた。
すると、上空を点々と人のようなものが遠くへ飛んで行くのが見えた……ような気がした。
「あれってもしかして、」
「はぁ……。どうせ、あのタレメガネだろうな」
「タレメガネって……」
もしかしなくともアルさんのことだろう。
この窓から彼の姿を確認することはできないが、おそらく術で盗賊達を吹き飛ばしたのだ、あの時のように。多分セリーンの言うとおりラグではなく、アルさんが。
誰かが廊下に出た気配はしなかったけれど、彼なら窓からでも軽々と下りられそうだ。
――ラグも一緒だろうか。それにおそらく村人達の見ている中あんな大きな術を使ってしまって大丈夫なのだろうか。
外の様子が激しく気になったけれど、セリーンは心配であるし先ほどのラグを思い出すと動けなかった。
きっと後で話してくれるだろう。だから、今は大人しくしていようと決めた。……それにしても。
「今回もあっけなかったね、あの人たち」
「――待てよ」
苦笑しながら振り返ると突然がばっとセリーンが起き上がって私は驚く。
「セリーン? そんな急に起き上がって大丈――」
「あのタレメガネがいると、あの子に会えるチャンスが確実に減るではないか!!」
大声でこの世の終わりのような顔をして叫ぶセリーンを見て、私は思ったよりも全然元気そうな彼女に心底胸を撫で下ろしたのだった。
――その後、私達はシチューを食べすぐにベッドに横になった。
目を閉じるとすぐに睡魔がやってきて、私は抗いせずにただ身を委ねたのだった。
|