これまで生きて来て最高と言えるほどに寝覚めが良かった。 しっかり熟睡出来たのだろう、昨夜までの疲れは全く残っていない。 ベッドを降りて窓を開けると、早朝の澄んだ空気と小鳥のさえずりが入ってきて私はその場でぐーっと伸びをした。 「!」 そして気付く。その窓から小さくだがアディエル城が見えることに。 本当に今自分がフェイミアにいるのだと実感でき、危うくその場でうっとりと感動に浸ってしまうところだった。 (いけない、いけない!) 気合いを入れ素早く身支度を始める。早く外に出たくて全身がうずうずとしていた。 階段を下りていくとジニーさんが食堂から驚いたように顔を出した。早くから仕込みをしていたのか、すでに食堂には良い香りが漂っていた。 「おや、おはよう。もっとゆっくり寝ているかと思ったよ」 「おはようございます!」 早速街に出ることを言うとジニーさんは笑いながらすぐに朝食を用意してくれた。 美味しいパンとスープに感激しながら食べているとジニーさんが楽しげに言う。 「まずはどこへ行く予定だい?」 「えっと、まずは新しい服を買いに行こうと思っています。持ってきた服はどれももうボロボロで」 「サティラジーンから来たと言っていたね。長旅で大変だったろう」 「はい。でも楽しかったです。初めて見るものばかりだったので」 初めての旅は大変ではあったけれど、それまで小さな村から出たことの無かった私には何もかもが新鮮だった。そして絶対の目標があったからこそ此処まで来られたのだ。 「そんなにイフリュード様に会いたいのかい?」 「っ!」 思わず飲んでいたミルクを吹いてしまうところだった。 昨日はとにかく必死で王子に会いたいという理由をあの門番たちやジニーさんに話してしまったけれど、改めて聞かれるとかなり恥ずかしいものがあった。 「お礼を言いたいと言っていたっけね。でもお会いしたことはないんだろう?」 「あ、はい。……間接的ではあるんですが、私の住んでいた村がとてもお世話になったんです。その村を代表して、というかそんな感じで」 「そうなのかい。まぁ実際イフリュード王子はこの国だけでなく世界を見ていらっしゃるようなお人だからねぇ。この国の誇りだよ」 「はい」 サティラジーンは大陸こそ繋がっていないが、列記としたアディエル王国の領土だ。それでも少し前までその扱いは散々なものであった。 そんな遠方のサティラジーンにまで手を差し伸べてくれたのがまだ年若いイフリュード様だった。 私が住んでいた小さな村もその恩恵を受けた。そして私自身も、王子のお陰で――。 「ただ滅多には会えないお人だからねぇ、何かイベント事でもあればチャンスが無いことも無いが、なかなか長期戦になると思うよ」 「はい。元よりそのつもりで来ましたから平気です!」 私は笑顔で言う。そう、長期戦は覚悟の上。だから猶の事、こうしてジニーさんのお店で働けることになったのは私にとってとても幸運なことだった。 「ご馳走様でした! あ、今日は何時頃に戻ってくればいいですか?」 「そうさねぇ、お昼時は一人で十分だから、じゃあ5時には店に戻ってきておくれ」 「はい! じゃぁ、行ってきます!」 「楽しんできな。迷子になるんじゃないよ」 そんな、まるでお母さんのようなセリフをこそばゆく感じながら私は外へ出た。 (そういえばジニーさん、旦那さんとか子供はいないのかな) ふと浮かんだその疑問は、すぐに霧散することになる。 昨日来た道を思い出しながら、まずは大通りに出た私。そこには朝市が出ていて、すでに大勢の人たちで賑わっていた。 目に映るもの全てがキラキラと輝いて見え、自分が相当に興奮しているのがわかった。 「よっし、まずは新しい服!」 そう口では言いながらも、その視線はきょろきょろと色々なものを追いかけてしまう。 完ぺき田舎者丸出し状態だったが、羞恥心よりも今はとにかく好奇心の方が勝っていた。 銀の髪を物珍しげに見てくる人達の間をすり抜け、私はゆっくりと大通りを進んでいった。 お昼時になると大通りも含めどこの通りも人でいっぱいになっていた。 音楽を奏でながら歌い踊る大道芸人たちもあちこちで見かけ、こちらの気分は否応なしに高まっていく。そんな中を少し高かったけれど好みの服を着ながら散策するのはとにかく最高に楽しかった。 (向こうではこんな気分味わえなかったもんね) 今は大通りではなく一歩間違えば迷子になってしまいそうな、そんな複雑で人通りの少ない小道を探検気分で歩いていた。建物に囲まれ少し薄暗く感じるこんな小さな道でも色々な発見があった。 可愛い小物ばかりを扱ったこれまた小さくて可愛らしいお店や、おそらく夜に開店するのだろう少し怪しげな外見のお店、そして壁に描かれたちょっとした落書きにまで笑みがこぼれてしまう始末。 この数時間で回れたのはフェイミアのほんの一部で、これからこの数倍色々な発見があるのかと思うと朝からの身体のうずきはまだまだ治まりそうになかった。 (っと、そろそろお腹すいてきちゃった。服にお金かけちゃったし、どっか露店で簡単なものでも) そう思い、大通りに戻ろうと振り返ったときだ。 フードを目深に被り、やたらと厚着の、どう見ても不審な人物が数歩先に立ちこちらを……私をまっすぐに見据えていた。 そのフードの下の鳶色の瞳とぶつかった途端、胸がどうしようもなく熱くなった。 先ほどまでの高揚感など比ではない。 (なに、これ) 苦しいくらいに胸が熱く締め付けられる。 悲しいわけでもないのに、涙がこぼれそうになる。 まるでその鳶色の瞳に捕まってしまったように、身体が動かなかった。 そんな自分に戸惑っていると、同じように動かずこちらをじっと見ていたその人物が急にこちらに走り寄ってきた。――そして、 「へ?」 私はその得体の知れない人物に、強く抱きしめられた。 「やっと、やっと会えた! 君なんだね、君が僕の――」 「い、いやああああああああ!!」 一方的に訳がわからないことを叫ぶその人物に、私はありったけの声とありったけの拳をぶつけ、その場から走り去ったのだった。 Back | Top | Next |