門を抜けると、そこは想像よりもずっと賑やかで華やかだった。 港町トルイデに着いた時もその人口密度には驚いたが、あそこは色々なものがごちゃごちゃとしていてあまり良い印象は受けなかった。 やはりここは首都だけあって歩いている人全てがお洒落で華かに見える。 そして何より私を興奮させたのは、視線を上げた先に見えるアディエル城。ずっと憧れていたお城が目の前にあるのだ。それは今夕日に照らされ想像よりもずっと美しく輝いて見えた。 「すまなかったねぇ」 その声で初めて自分の口が開きっぱなしになっていたことに気付いた。 慌てて口を閉じ前を歩くジニーさんに視線を移すと、丁度彼女もこちらを振り向いたところだった。 「いやね、さっき酷いことを言われていただろう? 髪の色がどうとか……」 「いえ、この国では目立つってわかってましたし。慣れているので」 「そうかい? あまり悪く思わないでおくれね。あの門番達も普段は気のいい奴らなんだ。ただ最近はこの辺りも本当に物騒でね、少しピリピリしているんだよ。だがあまりにほいほい入都希望者を追い返していたんじゃこちらも商売上がったりなんだけどねぇ」 そうして苦笑するジニーさん。 「私も入れないってわかったときはどうしようかと……本当にありがとうございました! あ、私アクアって言います」 「アクアか。いい名だね。私はジニー。好きなように呼んどくれ」 本当にいい人のようで私は嬉しくなる。 最初からこんないい人に巡り合えるなんて、しかもその人の元で働けるなんて、初っ端からなんてラッキーだろう。 「はい。これからよろしくお願いします!」 「こちらこそ。――ところであんた一人でここまで来たと言っていたね」 「はい?」 それまで穏やかだった口調が少し変った気がして私は首を傾げる。 「いやね、今この辺りは物騒だと言ったろう? 良く一人でここまで無事辿りつけたと思ってね」 「あ、はい。特に何事もなくここまで……運が良かったのかな」 「そうかい? ならいいんだけどね。実はここに来るまでに盗賊に襲われたっていう商人の男に会ったんだよ」 私は少し驚いたふうに答える。 「大丈夫だったんですか、その人」 「あぁ、それがおかしなことを言う男でね。血相変えて走ってくるから呼びとめて聞いたんだが、向こうで盗賊に襲われて、でも天使が助けてくれたと言うんだよ」 「天使、ですか?」 私は瞬きしながら言う。 「そうなんだよ。えらく興奮していてね、女の声がしたと思ったら盗賊たちの足が突然凍ったというのさ」 「凍った……?」 私はまさかと笑う。だがジニーさんは笑わずに続けた。 「まさかと思うだろう。でもそのお陰で逃げられたって言うんだからねぇ。突然足が凍るなんて、まるで魔法だよ」 「…………」 ――魔法。 大昔、それは確かに存在していたと言われている。でも今は物語の中でだけの存在。 私はいつの間にかしっとりと湿っていた手のひらをそっと握りなおした。 「それでね、逃げる間際に大きな翼を見たっていうのさ」 「それで、天使……」 「あぁ、その後私もその場に行ってみたんだがすでに誰も居なくてね。で、そのまま誰とも会わず首都に辿り着いたらアクアがいたってわけさ。だからひょっとしたらアンタも襲われたんじゃないかと思ったんだがね」 「そうだったんですか。……じゃぁ、私本当に運が良かったんですね!」 笑顔でそう言うと、ジニーさんは「そうだね」と穏やかな笑顔を返してくれた。 「そうだ! 私、最初何をすればいいですか?」 「そうさねぇ、私は早速仕込みに取り掛かるから、アクアには店内の掃除をお願いしようかね」 「はい!」 ――大丈夫だったよね。不自然じゃなかったよね……? 私は内心の動揺を悟られないよう、その後も何かと言ってジニーさんに話しかけた。 バレてはいけない。今バレてしまったらここまで来た意味が無くなってしまう。 此処は夢にまで見た街。その地を今こうして歩いているのだ。 出来るだけ長くこの都にいたかった。そしてあの方に会えるチャンスを待ちたかった。 そのためにもあのコトは絶対にバレるわけにはいかない――。 「さ、ここが私の店。ジニーズインさ」 ジニーさんがそう言って足を止めたのは、大通りから少し入ったところ。想像よりもこじんまりとした二階建てのお店だった。 ジニーさんは荷物から鍵を取り出し入り口のドアを開け、後に続いて中に入るとほのかに良い香りがした。 入ってすぐに4人掛けのテーブルが6つ。ここが食堂だろう。その奥に厨房。左手には2階へと上がる階段があった。おそらくは上が宿なのだろう。 外はすでに日が沈み今は店内も薄暗いけれど、きっとお客が入ればとてもあたたかな雰囲気になるのだろうと想像できた。 「さて、何から手をつけようか。あ、アクアの部屋だけれどね、上の部屋をひとつ使っていいよ」 「え、いいんですか?」 「あぁ、最近は旅人も少なくなっちまってねぇ、大抵は空いているから問題ないよ。まぁもしいっぱいになっちまったときは私の部屋で寝てもらうことになるけど」 「はい! ありがとうございます」 私はジニーさんに案内された部屋に荷物を置き、ざっと身なりを整えすぐに店内の掃除に取り掛かった。 しばらくしてスープのいい香りが店内中に広がり、お腹が盛大に鳴ってしまった私はジニーさんに大笑いされてしまった。 味見も兼ねてご馳走になったその温かいスープは、とてもとても美味しかった。 その夜、久しぶりに開店したジニーズインにはひっきりなしに料理目当てのお客が詰めかけ、外で待つ人が出るほどの盛況ぶりだった。 お陰で私は初日から立ち止っているヒマがないほどに店内を動き回ることになり、店仕舞いの看板を出した直後、ぐったりとテーブルに突っ伏してしまったのだった。 「お疲れ様」 その笑いを含んだ声に慌てて顔を上げると、ジニーさんが特に疲れた様子もなくからかう様な目つきでこちらを見下ろしていた。 「初日を終えてどうだい? 続けられそうかい?」 「は、はい、大丈夫です。……ちょっときつかったですが、慣れればきっともっと早く動けると思いますので!」 「あっははは、初日であれだけ動ければ上等上等! いや、本当に助かったよ。ありがとう」 これまでこの店を一人で切り盛りしてきたというジニーさん。厨房へ戻っていくその大きな背中を見ながら改めて凄い人だなぁと思った。 「あ! 片付け手伝います!」 「もう十分だよ。疲れたろ。今日はもうおやすみ」 厨房から聞こえてきたその声に内心ほっとする。正直今酷い眠気に襲われていたから。 「ありがとうございます」 「それで、明日はこの都を見て回ったらどうだい? フェイミアは初めてなんだろう?」 厨房から顔を覗かせたジニーさんに、私は大きな声で返事をする。 「はい! そのつもりでした!」 「あっははは! じゃあ今夜はゆっくり寝てちゃんと疲れを取らないとね。フェイミアは広いよ〜」 そして、もう一度お礼とおやすみの挨拶を言って私は二階の部屋へと上がった。 靴を脱いでベッドに寝そべるとすぐにどうしようもない眠気がやってくる。 階下から聞こえてくる食器の触れあう音が子守唄のように心地いい。 「明日、いきなりイフリュード様に会えますように……」 そんな都合のよい願いを呟いてから、私はこのフェイミアの地で初めての眠りについたのだった。 |